Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  Exra ジョニーと愉快な仲間達 
* * *
 ――サラ、武人たるもの、周囲に惑わされることなく、常に沈着でいなければならぬ。

 亡くなった兄、元赤竜グランは、事につけ妹に言い聞かせた。

 ――お前は、向上心あるのはいいことだが、少し情に走りすぎるきらいがある。それでは、周囲と衝突することもあるし、何より戦況を見誤ることもあろう。いつも自分を見失うことなく、最上の選択をできるよう心掛けよ。

 しかし兄上、とさらは内心、歯を食いしばった。
 眼前で繰り広げられるやりとりを傍で見守ること、早半刻。
 
 私は、いつまでこの責め苦に耐えなければならないのでしょうか。


「ジュレス! がっかりだ、君は本当に分かっていない」
「あなたの理解を求めようと思っていませんわ。わたくしは、ただジョニーの傍にいられたらそれでいいの」
「だからって、ジョニーの膝元を占領するなんてひどいじゃないか!?」
「あら、久々にお膝をさすって差し上げようと思って」
「それはボクの仕事だよ!」
「そうですの?」
 青銀髪の美女と、極彩色の羽男が、椅子に腰を降ろした一人の老人を前に、きゃいきゃいと言い合いを続けていた。曰く、最近、膝の調子が悪いジョニーおじさんに、どちらがご奉仕させていただくか。
「こらこら二人とも、ケンカはよくないよ」
 おじさんは、にこにことその様子を眺めているだけで、一向に止める気配がない。
「申し訳ないのですが」
 ありったけの自制心を総動員した揚句、ついに使い果たし、ゼルリア王国赤竜サラ・クレイセントは、低い声で二人の言い合いに割って入った。
「我々は、円卓会議が終わるまでに、対アクアヴェイル海戦についての新たな立案をしなければならないの、ですが!」
「あら、お邪魔してごめん遊ばせ」
「ふっ、お堅いところは、グランおにーさんそっくりだね、君」
「な……兄をご存じでいらっしゃるのか!?」
 気安くこちらを振り返った羽男がのたまった、「おにーさん」の言葉に、サラは目を剥く。
 生前、厳格かつ生真面目が服を歩いていると評された赤竜グランに、存在自体がチャラチャラした知人がいたとは。
「ご存じっていうか、君のことも知ってるよん、サラっち」 
「サラっ……ち、だと!?」
 図々しいを通り越して、あまりに無遠慮な呼称に、怒りを通り越して、鳥肌が立った。
 逃げるように、サラはジョニーに向き直る。
「ジョニー殿! この方たちは、いったい……!」
「ああ、うん。ジュレスも彼も、私の部下のようなものでね。世界を旅して得た情報をこうして持ち寄ってくれるんだ」
「こうしてって……まさか」
 ピンクほっぺが愛らしい、ジョニーおじさんの言葉に、ピンと来た。
 二人は、おそらくジョニー手飼いの密偵だ。根が優しいこのおじさんは、奴隷や異民族を始め、行き場のない者たちを引き取り、教育を施している。彼らは成長の後、世界中に散らばり、ゼルリア王国に――恩人に必要な情報を持たらす。あるものは、国の官吏として、あるものは、世界を自由に周る旅人として。
 『剣すら持てない』将軍と揶揄されるきらいのあるジョニーおじさんが、それでも青竜足りうる絶対の『強み』。対外情報収集力。
 おそらく、二人は今ままでの、腰がどうだの、ジョニーがどーだの、という会話に紛らせて、持ち寄った情報を彼らにしか分からない方法で伝えあっていた。
 熟練の諜報技術を持つものは、まったく関係のない話題をやり取りしながら、ひそかに真の情報を相手に渡すすべを持っているという。
「事情は、分かりました。ですが、ジョニー殿。およびお連れのお二人方に、僭越ながらひとつ、ご進言させていただいてもよろしいでしょうか」
「な、何だい、サラ」
「まず第一に」
 心なしかひるんだ様子のおじさん、美女と羽男に対し、毅然とした態度でサラは言い放った。
「外部を欺く話題の選び方に、もう少し配慮なさってください。密告を受ける場に、あえて周囲を逆なでし、注目を浴びるようなやり取りをなさってどうするのですか!」
「あ、うん」
「ごもっとも、ですわ」
「第二に」
 すっと息を吸い込む。
「アクアヴェイル公国との戦争が切って落とされようとする最中、半刻も時間を割かれるのかいかがなものか。失礼ですが、必要な報告であるにせよ、いや、だからこそ、迅速かつ合理的に行っていただきたい。ジョニーの御身はあなたがたの報告を受けるためだけにあるのではないのです」
「はい、すいません……」
 三人揃って、頭を下げる。
「第三に」
 この剣幕に、もはや「一つじゃないじゃん」と誰も突っ込むことはできなかった。
 サラの底光りするような黒い瞳が、ジュレスの美しい肢体をじろりと睨む。
 むき出しの白い肩、美しい太ももを惜しげなくさらした、男の目を良くも悪くも奪う装いだ。
「あなたが、街中でどのような格好をなさろうと自由です。しかし、王城では、節度をわきまえた露出をしていただきたい。失礼ながら、貴族の夜会に招かれた娼婦でも、もう少し配慮のある装いをする。そのような格好では、あなたを従えるジョニーの品性も低く見られかねません」
「そうね。実は、王城に上がるのは今日が初めてでしたの。ごめんなさい、配慮が足りませんでしたわ」
 実際のところ、混血児の村からゼルリア王城にほぼ直行で入場したので、衣服を整える時間はなかったのだが、ジュレスは素直に非を認めた。部下の装いがジョニーの評価に影響すると苦言を呈する、サラの言い分は正しい。
「最後に」
 極彩色の羽男に向かって、サラはひと際押し殺した声で、低く、はっきりと告げた。
「あなたがジョニーの客将であろうと、年長者であろうと、兄の知人であろうと」
 すわった目が、じわり本気で相手を圧倒する。
「サラっちなどという無遠慮な呼称は、どうか今後一切、ご遠慮いただきたい!」
 もはや、ぐうの根もなかった。
 激情をぎりぎりの理性で言葉に込めたサラは、仕合をした後のように深い息を吐くと、若輩者が失礼しました、と頭を下げる。
 その時、控え目にノックがして、書記官が慌てた様子で飛び込んできた。
 ジョニーに何か耳打ちして足早に去っていく。
 おじさんのつぶらな瞳が心なしか翳ったのを見て、ジュレスと羽男が、身を乗り出した。
「どうかなされまして?」
「僕にできることはないかな?」
「いや……うん、では、君たちにお願いしようかな」
 具体的な言葉はサラの耳に聞こえなかったが、二人は得心した様子で、立ち上がった。
「ふっ、ジョニーのためにいいところを見せるチャンスだね」
「張りきるのは結構ですけど、足を引っ張らないでくださいませね」
 二人して社交ダンスに向かうペアのように寄り添いながらも、なぜか反目し合ながら、扉の向こうへ消えていった。
 空間全体がほっとため息をついたように、元の静寂が訪れた。
 サラが、気を取り直してジョニーの方へ向き直ると、おじさんは心なしか難しい表情で苦笑いする。
「ディアモンドが登城した旨、報告があってね」
「ヤツが」
 今回の戦争の戦局を左右する人物だ。
 そして、ジョニーの個人的な『宿敵』でもある。奴隷商として、人命を質に大金の支払いを要求してくるのだ。殺処分される憐れな奴隷を高額で買い取れ、と。
「あの二人に任せてだいじょうぶで?」
「うん」
 交渉は二重の難しさをはらんでいる。
 奴隷商にとっては、『客』(カモともいうが)としての、ジョニーの立場。そして、今回の戦争でゼルリア側が立たされた――後手にまわされたという戦局上の立場。繊細な駆け引きが必要な場面で、よりによってあの二人を行かせたジョニーの判断は、果たしてどのような意図によるものか。
「サラ、彼らには私の代理として、行ってもらったんだ」
「……はい」
 サラの心を見透かしたように、おじさんはのほほんと笑った。
「私は、将軍としては剣も扱えない変わり者だからね。変わり者の将軍に変わり者の部下がついていても、いいだろう」 
 それとこれとは、と言おうとして、サラは言葉に窮する。
 確かに、『将軍』という名を冠するジョニーの立ち位置は、異色すぎると言わざるを得ない。本来ならば『文官』が妥当なところ。何をもって彼を『青竜』の位置に据えたのか、ゼルリア国王ダルウィンの采配を、サラは今でも図りかねている。
「彼らは私にとっての『剣』なんだよ。名刀には見えないかも知れないが、名のある剣だけが、武功を上げるわけじゃない」
「要は、人も使いようだと?」
「そういうことになるかなぁ」
 のんびりと椅子から立ち上がりながら、ジョニーおじさんはうーん、伸びをした。「我々はアクアヴェイルとの海戦に備えて、作戦を立案しようじゃないか」と、サラを見上げる。
「はい」
 頷きながら、サラは呟いた。
「いくら彼らがあなたの信の置ける部下だとしても」
「うん」
「出会い頭にサラっちだけは、許せません」
「……」
 その件に関しては、ジョニーもフォローしなかった。

* * *
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