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ここで問題になったのは、どちらが、このキンキラオバタリアンの尊い犠牲になるか、ということではない。
「ミッケーラちゃんを探してくださいまし!!」
中年太りをそのまま現したような図体のオバタリアンは、金細工の歯をむき出しにしてハンカチーフを噛みしめ、よよよ、と泣き崩れた。
デイスとザーグはちらりと目を見交わす。
言葉など無くとも、互いの思いは同じだった。
――しまった、金持ち面につられちまったい。
「あ……あの、特徴とかは……?」
「まあああっ、とくちょーだなんてそおぉおおんな……!! ミッケーラちゃんの体からにじみ出るオーラを感ずればおのずと分かること……、ああっ、ミッケーラちゃああああん!!」
――……分かるかよ。
二人の若い青年のうち、一方はにこやか、他方は白眼、対照的に対象を見つめていようが、思いは同じ。
完全に気圧れてしまったモードの二人に、オバタリアンの鉄槌は容赦なく振り下ろされた。
「でぇえは、お二方! お頼み申し上げましたわよおぉお! 必ず私のミッケーラちゃんを捕まえてくださいまし!」
――十分後。
「で? どーしようか、頼まれちゃったけど?」
午後、人でにぎわう大通り。どこにでもいそうな二人組みの旅人風の男、――のうちの一人、デイスは肩をすくめた。至って小柄、金髪を軽く後ろで束ね、もう一方を見上げる瞳は、緑の宝石色。
「知るかよ……」
あからさまに不快げなもう一人の方、ザーグは、ぼさぼさの黒い髪を乱雑にかきあげた。同色の瞳が物語っている。すでにやる気ゼロ。
「ま、これが猫探しとかならまだいーんだけど」
「どう考えても銅貨一枚は割にあわねーだろ、よりにもよって、カメだせ? カメ」
「すごいね、カメに『ミッケーラちゃん』だよ」
「さりげに巻き舌入ってたしな」
ぼやく二人の表情は、苦笑い、というより、あきれ笑い、といった感じか。今のように話しながら歩いていたところ、いきなり件のオバタリアンに捕まってしまい、あれよあれよという間にカメ探しを頼まれてしまったのだ。
期限は三日。手数料と前金あわせて銅貨一枚。
詐欺行為もいいところである。
「ま、愚痴っても仕方ねぇし、景気付けに飯でも食ってくか」
「そーだね、お腹空いたし………ね!?」
「どした?」
いきなり、あらぬ方向を向いて目をむくデイスに、ザーグは普通に突っ返す。
ふるふると、デイスが指差す先に、彼も、視線を向け――
一瞬だけ、ハニワになった。
「んー……僕的には、あれがミッケーラちゃんじゃないかなー、と」
「いや……、マジ、オーラが見えるんスけど」
そう。それは、正しくカメであった。金の首輪とルビーをあしらった足輪が、微妙にオーラをかもし出している。
ミッケーラちゃん、決定。
「けどサぁー」
「あ?」
「ミッケーラちゃん? 誘拐されてるように見えるんだけど」
「……。見るからにヤンキーだな。抱いてんの」
「どーしよっか」
「行くしかねぇんじゃねぇ?」
「……だよねぇ」
――五分後。
日の光も届かぬ裏路地の一角。
そこには、コテンパンにノされた二人がいた。
「はっ、俺らに向かってくったぁ、十年早いんじゃあボケェ!」
首領格の男はせせら笑って、つばを吐きかける。地に這いつくばる二人を、ざっと十人ほどが囲んでいた。
「ん――。とりあえず、カメを返してくれれば、それでいいんだけど……。」
デイスの、場にそぐわなすぎる穏やかさに、ヤンキーズはどっと笑う。
「あれ? 面白い事を言ったつもりはなかったんだけど?」
「ははっ、このカメはなぁっ! 世界に一頭しないねぇ、希少ドーブツなんだよぉっ! テメーらなんぞに誰が返すかい、ボケェ!」
「「…………」」
チラッと視線を見交わすデイスとザーグ。
やがて、散々な捨てゼリフと共に男たちが去っていった後、二人はのっそりと起き上がった。
「……だとよ、どーする?」
埃を払いつつ、ぼやくザーグ。
「どーしよっか」
どこまでも穏やかに、デイス。
「ま、裏がありそうなのは、確か、だねぇ♪」
「一介のヤクザが知るわきゃねぇしな、たかがカメの希少価値」
二人は、ふっと目を合わせて、にっと笑う。
「「……尾行けますか」」
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動物の取引に関する規制は、限りなく甘い。
簡単な関門をチェックすれば、後は、どこへなりと自由に取引できるのだ。
「フフフ……」
彼は、ひっそりと笑った。
薄暗い部屋。ただひとつ光るランプに映える銀製の檻には、憐れかな、ミッケーラちゃんが閉じ込められている。
「あと、一日だ……」
あと、一日の辛抱だ。
僕のかわいいかわいいアマリリス。ああ、その四肢は、なんて僕を魅了するのだろう……!
自分をひし、と抱きしめたい衝動にかられつつ、彼は、虚空に呼びかけた。
「いるかい? アルドス、カイデア」
「「こちらに」」
闇の中から、すぐさま帰ってくる、声。彼は、笑みを深くした。
「一応、この、アマリリースちゃんを守っていてくれたまえよ。先日、これを返してくれ、とせがむバカどもが現れたらしいからね。どぉやら、あの成金オバタリアンが流れの傭兵でも雇ったか……? どちらにしろ――この屋敷の中とて、安心できないからね。この、館の中でさえも――」
「「御意に」」
彼は、満足したようにうなずいて、扉から、外に出た――
■
「ん――。困ったね、あれ、世界的貿易商人のグルザスの家だよ」
「青年実業家、趣味は、希少ドーブツ集め……、ったく、行き着くところに行き着きやがって」
「行く?」
「そだな」
そして、二人は堂々と玄関から入っていく。
もちろん。
玄関にいた人間には、すでに眠ってもらっていた。結構、抜け目のない二人なのである。
くぐった扉の中は暗闇、人のいるけはいはない。
「……デイス」
「分かってるよ。――鋭き光の女神、ルイシアの御名と加護によって――宿れ」
それが導き出すのは、辺りが照らせるぐらいの光球。
光の低級術、俗に言う、魔法というやつである。
「君も、このくらい覚えちゃえばいーのに」
「うっせぇ……」
やり取りの間に、身辺の風景は、情報として、すばやく頭の中に入れられていく。
光球の届く範囲で……蛇、馬、トラ、羊――さまざまな希少動物の剥製が、彼らを見つめていた。豪華に贅の限りを尽くした、それでも何の変哲もない廊下である。
「ん―。なかなかに、趣味のいいことで」
「伏兵の気配はねぇが……。って、おいちょっと待て、今……動いた……!」
「は? 何が? 何言って…… 」
彼らの目の前で、そう。その、彼らの目の前で。
巨大な熊の剥製がうにゅーっ、と伸びをしていた。
「ってか……」
「これってむしろ、本物っ!」
「――廊下にホンモノ置くなホンモノ!」
ひいいぃいいっ、と後ずさりする二人。ほかの動物たちも、光球の光に触発されたか、次々と動き出す。
「逃げるが勝ち、ってか…… 」
ザーグの呟きとともに、二人は駆け出し、テキトーに階段を駆け上り、必死にたどり着いた部屋の扉を開けて――
「ここって……」
「警備員さん方の――」
「控え室、とか言わね?」
その警備員さんたちも、突然の乱入者たちに、呆然と視線を向けていた。
熱く、熱く、見つめ合う彼ら。
沈黙。そして、
「不審者だぁあああああっ!」
「かかれぇえええっ!」
三十人弱いたその男たちは、あっという間に――彼らを捕らえた。
「弱っ!!」
縄にがんじがらめにされた二人に向かって、その場の全員同意見。
「あはは、照れるな」
デイスの場違いなセリフもあながち冗談には聞こえない、それくらい――彼らは弱かった。
「とっ……とりあえず、連行だ、連行!」
「グルザス様のところに連れて行かねば。」
――というわけで。
二人の身柄は、めでたく、カメ誘拐事件の黒幕へと引き渡されてしまったのだった。
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