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青白く光る水面は、どこからか月明かりを反射しているからだろうか。農家が丸ごと一軒水没しそうな水槽の中で、水中哺乳類並のでかさの何かが、ゆうゆうと泳いでいる。
照明を落とした部屋に漂う水の影が、美しく不気味な影となって、床に投影されている。
「で? 君たちかい? この僕の館に侵入してくれた傭兵というのは」
ワインの入ったグラスを傾けつつ、彼―――グルザスは言った。
すらりとした体躯。整った顔立ち。
なぜかキュートなエリマキトカゲのコスチューム。
「あー、そーだよ」
「ってか、いきなりこれはないんじゃないかなぁ……」
水槽の真上に縄でがんじがらめにされ、宙吊りにされた二人から、抗議発生。
「フフフ。君たちには、お仕置きを受けてもらわないと。……その水槽に入っているのは、人食いザメ、ジーズくん」
「うわ……」
「それってむしろ死刑じゃねぇ……?」
「大丈夫。骨の残らないように食ってもらうから。証拠隠滅。文句は無かろう」
――いや、大いにあるんスけど。
二人は思ったが、このエリマキトカゲなグルザスに受け入れられるとは思えない。
そして、彼は、
「それでは、ジーズくんっ! えさの時間だよ」
きらりと歯をきらめかせると、パチン、と指を鳴らした。
二人を宙づっていた縄がぶちきれて――
「まっ、僕まだ死にたくないし」
「同感だな」
二人の行動は、すばやかった。
あらかじめ、細工して弛めておいた縄をさっとほどき、自由になった体が宙に投げ出されると同時、天井に向かって、短剣を投げた。柄にはワイヤーが取り付けてある。
あとは、それを伝って音も無く床に着地した。
その間、わずか数秒。
分からぬものには、何が起こったかすら、分からないだろう。
「な……貴様ら………一体……!」
案の定驚いて後ずさりする、エリマキなグルザス。
それに向けて、にっこりと笑みを見舞って、デイスはすらりと剣を抜いた。
「ムダに怪我人は出したくなかったからね」
「そういうこった」
ザーグの掲げた刃も、すでに光をうけて輝いている。
二つの剣に見つめられて、尻餅をつくと、エリマキトカゲは、ひいいっ、と後ずさりして――
叫んだ。
「アルドス! カイデア!」
背後に生まれる二つの殺気。
「っ!」
「……」
その場を飛びのいた二人の横を、二つの戦斧が駆け抜けた。
闇にまぎれてけはいを絶っていた、この屋敷の用心棒。
「は……ははっ。そいつらは、二人とも、ランクAの戦士だ! 貴様らなんぞに倒せるわけがない!」
エリマキ男の言葉と、風のうなりが、同時に二人に襲いかかる。
「へえ……Aか」
デイスは、面白そうに目を細めた。食らいつく戦斧を紙一重でかわし、無駄な動きをすることなく、横へまわりこむ。交差する目線。
「やってしまえ、カイデア!」
グルザスの声に呼応するように、戦士は、斧を振り上げた。拮抗するかに見えた刃、だが、あっさりとなぎ払われる。
生まれる驚愕、入れ替わる優越。
「ま、Aが傭兵ランクの最上位じゃないし、別に威張ることないと思うんだけどなぁ……」
三合で相手を追いつめて、デイスは、ふっと笑った。
「ね?」
宙を飛ぶ金きり音が彼の勝利を知らせる。
「カイデア! ……くそっ……アルドスっ、お前が二人ともやってしまえっ 」
グルザスの悲鳴混じりの言葉に呼応するように、一人残った戦士は、声を張り上げた。
軌跡が宙を分かつ。
「あぁあああああっ」
ザーグは、それをあっさりと見切ってかわす。薄い笑いを張り付かせ、からかうように、言った。
「執念深いのは、もてねぇぞ?」
踏み込みざまの一撃も軽くあしらって、彼は、肩をすくめる。
その残像に、鋭い短剣が閃光を弾いて振り下ろされた。
A級の戦士の、もう一方の手に現れた、隠し武器。
勝利を確信したか、彼は、にたぁ、と笑んだ、その姿勢のまま、
「バーカ」
彼は、崩れ落ちた。
背後に回ったザーグの手の刃が、赤い光を帯びている。
あまりにも、あっけない幕切れ。
「な……お前たちは……一体…… 」
泡を吹きながら、口を開閉させるエリマキ男、グルザスに、二人はごく自然に笑みを向ける。
「別に? 僕たちはただ」
「傭兵の最下位の称号ももらえねぇよーな」
「「外れ者だよ。」」
続ける。
「さ、カメを返してもらおうか」
「まっ……待ってくれ、僕は」
エリマキトカゲな男――グルザスは、決死の表情で遮った。
「ぼ…僕は、あのカメを保護しただけなんだ……!」
しらけた沈黙が降りた。
『………は?』
「しまった…こういう展開は予想していなかった…」
というのが、デイスのもらした感想である。
「怪しすぎんだよ。ふつーヤクザだろ、あれ」
ザーグのほうも、遠慮がない。
改めて客間に通され、エリマキ男も一応普段着に着替え、とりあえず、説明がされていたのである。
つまるところ、グルザスは、『希少動物保護委員会』会長であり、趣味と思われていた希少動物集めは、実は、彼らを保護するためだったとか。
ヤクザな希少動物回収員は「動物をやむをえず回収する場合、因縁をつけられないように」。
ごくたまに趣旨を理解しない輩もいて、彼らが放ってくる刺客迎撃のため、先ほどの戦士を雇っていたとか。
ついでに、『ジーズくん』は、イルカだったらしい。
「普通は、話し合いの上で了承を得て、動物を保護するんですが……、あなた方の依頼主は、聞く耳すら持たなかったんです。見かねて誘拐、という形を取りましたが……思った通り、カメは病気でした。あと半年連れ出すのが遅かったら、死んでいたでしょう。カメは、カメらしく、自然の中で暮らすほうがいいんだ」
「「…………」」
二人は、黙っているほかない。
グルザスは、見越したように弱々しく微笑んで見せた。
「全てをわかって頂けるとは思わない。実際、僕がとった行動は、罪、と呼んでもおかしくない行為ですから。だけど……せめて、あのカメが元気になるまで、こちらで保護することをお許し頂きたい、と、あのご婦人にお伝えしてもらえませんか?」
「……」
「うーん」
グルザスの言い分は、分かる。
が。
あのおばさんをどうやって説得しろ、というのだろう。つまるところ、とっても嫌な役を押し付けられてしまったのではなかろうか……。
二人の予期せぬ客人たちを送り出して、グルザスは、医務室を訪れた。
ベッドに一人、傍らのイスに、一人。それぞれが雇い主を見て、決まり悪そうに、頭を下げる。
ランクA級の傭兵、アルドスと、カイデアだった。
「傷のほうは、大丈夫か?」
「大事にはいたりません」
ベッドに横たわった方――アルドスの返事を聞いて、うなずいて見せてから、グルザスは、顔を引き締めた。
「で? どう思う?」
「どう、とは……」
「あの二人だよ」
彼は、肩をすくめて見せた。
「あれほどの強さを持つ彼らだったら、最初、カメを見かけたときに、迷わず奪還できていたはずだ。だが、実際には、二回もやられて、……」
「見事、あなたのもとにたどり着いた」
カイデアの言葉に、グルザスは、うなずく。
「我々は、一切の警戒心を抱きませんでした。
結果、我々以外一人の怪我人も出すことなく……」
「彼らは、目的を達成できた。カメを返してくれるように、直接この僕に、談判できたわけだからね」
少し、沈黙が、降りて。
それを破ったのは、グルザスだった。
「JOKER……か」
「「は?」」
「彼らが言ったんだよ、『自分たちは、最下位の称号ももらえない、外れ者だ』と」
「外れ者……ですか」
部下の言葉に、くすり、と笑ってから、彼は続けた。
「外れ者……ね。だけど、『JOKER』と称されるべき人間は、まだいるはずだよ。最下位の称号ももらえない人間のほかにも、ね。
僕たち……とんでもない傭兵を相手にしちゃったかもね……」
――三日後。
日の光が優しく街道に降り注ぐ、人の行き交う午後、金と黒の髪をゆるやかに風に流しつつ、悠然と歩く二人の姿があった。
「にしても、今回も、大変だったね」
「まーな」
交わされる会話がふっと途切れたとき、不意に、金髪のほうが、くすり、と笑った。
「……?」
「いや、それにしても、偶然だったねぇ。もと依頼主のマダムが、『裏』世界の人だったなんて」
「偶然……ねぇ。ま、約束の期限切ってまで、調べた甲斐があったってモンか」
黒い髪のほうは、無気力に空を見上げている。
――つまり、こういうことだ。
何の変哲もないおばさんが世界に一匹しかいないようなカメの希少価値を知り、なおかつそれを手に入れて、高笑いをしているなんてことが果たしてできるものだろうか。できるはずがない。
グルザス――もっといえば、世界屈指の貿易商を営むものに、どんなに言われても、カメを渡さなかったのは、どんなルートでカメを入手したか、露見する危険性があったためだろう。
考えてみれば、おのずと答えは出てくる。
期限を切ってしまえば、彼女とは何の縁もない身だ、これを使わない手はない。
「ま、ミッケーラちゃんも、保護されたことだし」
「こっちは、口止め料やらなんやらで無駄に儲かったしな」
「そうそう、そういえば、僕たちが去ってからすぐに、あのマダム、逮捕されたらしいよ」
「グルザスに手ぇ回しといたのは、正解だったってこったろ」
他愛もない会話が、旅人たちの髪を吹き抜ける風に乗って流れていく。
心地よい青空に浮かぶのは、白い雲。
黒い影法師を後に従えて――
『外れ者』の二人は、ゆっくりと歩を進めていった。
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