『運命』なんてものは、突然訪れてしまったりもするものなのだ。
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別に、自分にそんな『力』があるとは思っていない。
『未来を視ることができる』なんて、バカげている、と。むしろそう思っている。
ただ、時々、そうとしか思えない『夢』を視るのだ。
茹だるような眠気の、さらにその深層で…
「―――――!!!!」
今日もまた。
静寂(しじま)の向こうにある、透明な『現実』を…
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この場合重要なのは、原因を追求することではない。
(……何でこんなことになっちゃったんだろう)
それでも、彼女、ティナ・カルナウスは取り敢えず顎に手を当てて俯いてみた。それなりのポーズを取り、ありったけの速さで頭を回転させてみる。だが、自問に対する自答は涌いて来ない。
(ん〜)
取り敢えず、空は晴れ渡っていた。絶好の旅日和、緑に囲まれた『そこ』は弁当でも持参して相棒とやいやい言いながら楽しみたい雰囲気を醸し出した、ちょっとした広場だった。
(んんん〜)
それはいい。何も口を挟むべきことなく、申し分なしにいい。
だが、実際問題彼女は悩んでいた。
これ以上も無く悩んでいた。
(んんんんんん〜)
その対象、実は、本日小春日和の小さな広場にて、ごうごうと盛大に燃え盛る小さな神殿にあったりした。
(なぜ…、なぜ『鏡の神殿』が…こんな所で燃えてんの?)
話は、十分ほど前にさかのぼる。
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「はぁあ…これで二つかぁ〜、結構集まらないもんよねぇ」
森の中の街道を行きながら、身軽な旅の服に身を包んだ少女――ティナ・カルナウスは、隣りを歩く小柄な人影に向かって投げかけた。
揺れる亜麻色の髪を耳にかけながら、だが、相手が果物を頬張ったままなのを見ると、紫欄色の瞳をうんざりと細める。
「って、聞いてる〜、クルス」
話し掛けられたほうは、いかにもさわり心地のよさそうな、ふさふさとした薄い茶の髪を揺らす。純粋な光を宿した黒い瞳が、ティナをまっすぐに見上げた。自分と同じような格好をした相棒の、そんな視線を受け止めて、彼女は直感で思った。
あ、こいつ聞いてない。
「あ、あそこにおいしそうな牛さんの群れが」
「ふえ!? ウシさん!? ごはん!!」
「ウ・ソ」
「ええー」
「というか、仮にウシさんがいたとしても、どーやって食べる気だったの……」
「う〜」
頬を膨らませる少年の顔は、果物の食べカスだらけだ。
いつものことながら、ティナはため息をついた。
「ねー、クルス。あんたの頭ん中って、食べ物以外のことないわけ? …じゃなくて、石版。闇の石版だっけ。砕けたのをミルガウスに持ってけば、すっごいたくさんの金貨と交換してもらえるじゃない」
言葉の後半で、手の中にある石の欠片を宙に放り投げてみた。
――闇の石版。
この一見ただの石碑に付けられた、畏怖の代名詞だ。
…その昔、神の下で栄えていた大きな三つの種族がいたという。
『天界』に住み、天使長イオスを筆頭とする天使たち。
『地界』に住み、魔の王カオスを筆頭とする魔族たち。
そして、『地上』で感情を持たぬまま、時を司る『ノニエル』の下でただ栄える人間たち。
人間はただ増えただ栄えるだけだったらしいが、天使や魔族たちは未曾有の大文明を築いたと言う。何でも『命』すら操り得るほどの技術が横行していたとか何とか…。
そして、そんなにも強大な力を持ってしまったが故に天使たちは徐々に傲慢になっていった。そして、地の底に住む兄弟たちを嘲り蔑み、いつしか憎むようになっていたのだ。
魔族たちも、徐々に謂れのない憎しみが受け切れなくなってきた。
憎しみを快楽とする術さえも身につけていったという。だが、ある日それが限界に達した。
魔族たちは、本能のままに天界に攻め入ろうとした。
天界の側も地界に向けて進撃を開始した。
はた迷惑極まりないことに両者は地上でぶつかり合ったという。
第一次天地対戦だ。
――結果的にいえば、イオスとカオスは相打ち。その魂はばらばらになり、地上の何処かで今も眠りについていると言う。
神様は途中で呆れてこの戦いを見捨てたらしい。人間たちは戦争の恐怖と、それが終わったときの歓喜で『感情』を獲得。
――そして。
イオスとカオスが相打ちになった後、戦争を終結させるために、天界、地界両軍の司令官が己の命をとして、丁度天と地と地が精神的に一点で交わる地――『聖地』に、結界を張ったと言う。
その結界の要石が、『石版』だ。
天界側の結界が『光の石版』。地界――改め地獄側の結界が『闇の石版』。
光の石版はある事情によりはっきり言って無くても支障が無いため、何百年か前に砕け散ってしまったものの、放置されている。一方の闇の石版は、――これが無かったら問題が大有りな為、大昔に一度砕け散り、その時は集まったものの、十年前ほどに再び砕け散ってしまったのを、『聖地』を護る王国『ミルガウス』が、必死になって集めているのだ。
こんな。
(こんな、小汚い石をねえ)
ティナは己の紫欄の瞳に映る、古ぼけた石を、鑑定家が値踏みするような心地で眺めてみた。
「そんな石版とも、後ちょっとでお別れ。ミルガウスまでもう少し。さっさと引き取ってもらってお礼もらって、おいしいご飯めいいっぱい食べましょ」
「そだねー! オレもりもり食べるよ!!」
「ほんっとよく食べるわね」
「へへー」
にこにこ笑う相棒を見て、ティナはかすかに苦笑した。
これだけ食べて、縦にも横にも大きくならない相棒っていったい、と時々思う。
「がんばったから、すっごくお腹すいたよ!」
「 …ま、実際、これだけ集めるのも、結構大変だったわよねぇ」
石版は魔力が強い。
一つ持っているだけで、有象無象の魔族を否が応でも惹きつけてしまう。
そいつらを相手にするだけでも大変なのに、さらにその上、所在はつかめないのはともかく、やれ、呪いの廃墟だの、灼熱の山岳帯だの、好き勝手なところに散らばっていたりするから、なお始末に終えない。
「オレは飯が腹いっぱい食べられたら、なんでもいいよ!」
「今だって、思いっきりお腹いっぱい食べまくってるじゃないの」
「てへっ」
思わず、ティナがため息を落としたところだった。
「………」
「………」
なんとなく、そこはかとなく、ものすごくいやな気配を察して、二人は、動きを止めた。
「………地響きがするわね」
「う、うん」
「…な、何かしら一体…」
「おれおれ、思うんだけどさあ」
「うん」
「地響き、こっちに近づいてきてる気がするよう」
「う、うん偶然ね、あたしもよ」
「しかもさあ、何だろ、…か、囲まれてる気がしない?」
「ぐ、偶然ね。あ、あたしもよ」
「「………」」
木漏れ日が眩しい森の小道。
二人が立ち止まった眼前、その茂みの奥から、
グルアアァアアアア!!
魔族を惹きつけると言う石版さんに誘惑されてしまったのか。
大量の下級魔族たちが、今日も二人に向かって、猛進して来た。
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