――???
別に好き好んで『そういう』夢を見ようとしているわけでは無い。
先天的なものか、後天的なものかも、分からない。
『未来』を視ることができるなんて、ばかげていると思う。
間の悪い偶然と言えないことも無いと思う。
ただ、彼女には、時折そうとしか思えないような『夢』を垣間見ることがあるのだ。
茹だるような眠気の…その、さらに深層で…
「命の灯よりもなお赫(あか)く 逸る血よりもなお熱く」
(………?)
どこか遠くの方で、自分の声がする。
精神の高まったぎりぎりの一線。
彼女は廃墟を思わせる石壁に囲まれていた。
対峙する『もの』を見つめたまま。
潰されそうな緊張感の中で、唇だけが、淡々と音を紡いでいた。
「廻り舞い散る魂の 欠片哭(な)きたる礎の」
後ろには、クルスが居る。
町人Fも。
その他、部屋の中に、幾人かの男女の姿も見受けられた。
対峙する『もの』が、血玉のような瞳をゆっくりと細めていく。
――焦燥がどの容貌(かお)にも浮かんでいた。
ティナの声だけが、無言の静寂(しじま)を割いていった。
追随を許さぬ響きを以って。
「尽きぬ命の杯に 生と死と死を司る」
彼女は、毅然と頭を上げた。
対峙する『もの』を見た。
恐怖は無かった。
そして、解き放った。
「―――――!!!!!」
■
「………」
また…。
そう呟いて、ティナは身を起こした。
気分は最悪だった。
目の端に散る栗色の髪をかきあげると、べったりと汗が絡む。
昼間の夢が瞼に張り付いて、夕方早くから寝返りを繰り返していたのは、はっきりと覚えているのだが、いつの間にか本格的に眠っていたらしい。
夜が明けたのか。見上げた窓の外は微かに明るく、しかし、出立の時間にはまだ早いと思われた。
「………」
もう一度、眠る気にはならなかった。
そのまま起き出して、服を着替える。
廊下を覗くと昨日は始終張り付いていた見張がいない。王女の旅の準備に追われて、多分こちらにまで手が回らないのだろう。
「逃げるわけじゃないんだし…」
なかば言い聞かせるような独白には、むろん返事はなかったが。
「………」
相棒が眠りこけているのをちらりと確認して、彼女は廊下に滑り出た。
無性に、外の空気が吸いたかった。
■
――ミルガウス城 王の私室
「失礼致します」
夜分――というよりは、むしろ早朝と言うべきか…。
そんな中途半端極まりない時間に、カイオス・レリュードは王、ドゥレヴァの私室を訪れた。
「おお。カイオスか。ご苦労じゃのう」
「いえ」
期待していなかったわけではなかったが、国王は起きていた。眉を上げて彼を迎え入れる。石版を盗まれた折にまさか国王がうかうか睡眠をとっているはずも無かったが…。微妙な顔の照り具合が、国王が『午睡』はしっかり取っていたことをひしひしと伝えていた。
「では報告いたします」
――伝えてはいたが。
一方、徹夜な彼はしかし至って冷静に先を続けた。
「ふむ」
うなずくのにさらに一礼を加えてから。
「…先日の石版強奪の犯人と思われる人物が、国境から北の緩衝地帯へ抜け、その後各地で同様の惨劇を繰り返している、という情報が入っております。そして、その後消息を絶った、と。わが国より北方で、潜伏しやすい場所――つまり、人間の出入りの多い場所といえば、西方のゼルリア王国と東方のアレントゥム市の他ありえません。先ほど、使者をゼルリア王国に向けて出しました。ゼルリアは我が同盟国。状況説明のため、やむを得ず、石版の事も」
「…ふむ。よかろう。して、アレントゥムの方は…」
壮年の王は白髪の混じり始めた己の髪に、微かに触れた。
黒き瞳は状況に対する判断を出せないでいる。
「…確かに、アレントゥムは自由都市。国家の介入は一切受けないし、またわれわれも干渉すべきでない。…それに、今回の事は、通達するにはあまりにリスクが大きすぎる」
「それは、確かにその通りじゃ。しかし、そうは言うても…」
「はい。ですから、ゼルリア方面はいっそゼルリア王国の方にお任せして、こちらは最初からアレントゥム方面に向かう、ということにするのは如何でしょう。ゼルリアの方に現れれば、その時にその場で対処できるでしょうし、もしアレントゥムの方に逃げていれば、その際ゼルリアの方にごく少数の援助を願い出れば後々波風も立たないでしょう。アレントゥムにわざわざ通達する必要性も一気に減る」
淡々と告げると、王は顎の下のあたりをぽりぽり掻いた。
「………ふむ…。まあ、お主が同行することじゃし、好きなようにすれば良いと思うがのう」
「は」
カイオス・レリュードは一礼する。
「それから、今朝の二人が所持している石版ですが、――欠片は二つだそうです」
「!? ………そうか…二つ、か…」
「は。石版を持ち歩くこと自体については私も疑念が残りますが、しかし、口惜しくもこの王国の石版に対する護りは完璧ではなかった。王国に残していくよりは、これまでの道中、無事に石版をこの国に運んできたあの者達に今のところは持たせておくのがよろしいか、と」
「…それも、おぬしの判断に任せるよ…。まあ、どんなことをしても、この際大して違うまい」
「は」
再び、頭を垂れて、彼はふと思い出したように、視線を上げた。
付け足すように続けた。
「国境守備隊、200人。遺族には最低限の通達を済ませておきました」
「…ご苦労」
ふと、二人の間に落ちた沈黙が物悲しかった。
それにはまるで頓着しないかのように、青年は王の部屋を後にした。
「そうか…あの者たちが、欠片を二つ、所持しておるのか…」
ひとり残された国王、ドゥレヴァはため息に混じらすように落とした。
「…闇の石版の、七つの欠片…ついに、揃ったのだのう」
長かった。
十年前、彼が、三人の子供たちを亡くしてから。
――それから起こったこと。
己が犯してしまったこと。
すべてに思いを馳せるように、ドゥレヴァはただ一人、深く目を閉じた。
「――長かったのう」
独白に、答えるものはなかった。
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