気迫に押されちゃ負けだ。
そんなことは、いやというほど分かっている。
大体は雑魚、一撃で下せるものがほとんど。
問題は、その数の多さだった。
「…やば…空からも、何か来た」
上がった息を整える暇無く、視線を走らせたティナは、振り向きざまの一刀で背後の一匹を地に伏すと、そのままの勢いで反転し、眼前に居た今一匹に剣の塚を叩き込む。ちらりと目を飛ばして、魔法を生み出そうとする寸前のヤツに狙いを定めた。
狙いは上々。
呪は既に完成している。
「火弾！」
吸い込まれるように飛来、炸裂するのを見届ける間もなく、別のが放った火の玉を紙一重で交わす。先ほど塚で殴った魔物に止めの突きを見舞うと、その体躯に足をかけて、勢いで抜き取った。新たな鮮血――ドス黒い体液が、街の石道を染め抜いていく。
はじめに比べれば大分数は減ったか。
しかし、今や剣を握る手袋まで血と泥にまみれたティナの体力も、徐々に下降線を辿り始めていた。
「ティナ、空のは、オレが」
「任せた」
同じように息の上がったクルスと声だけのやり取り。
しかし、これで頭上の心配はなくなった。
数だけは多いが、辺りに下手に人が居ないのがせめてもの救い…――
「…？」
周囲に視線を放ったティナは、一瞬、呼吸を止めた。
「え…」
八重に、十重に立ち塞がる視界。
噴出した汗の温度が一気に下がる。
「あ…」
ふらふらと、魔物の群れに紛れ込んできたのは。
「危ない…！」
とっさに、前に出る。
五歳ぐらいの女の子。この混乱の中で親とはぐれたのか。
ティナの声が聞こえたらしい――泣きながら歩いていた足をふっととめ、恐る恐る顔を上げた表情がみるみる恐怖に染まっていくのが、この戦闘の中で、やけにゆっくり焼き付いていく。
差し出した手。
無我夢中で腕に抱きかかえ、――背筋に悪寒が走った。
「…あ」
「ティナ！！」
相棒の声が遠くこだます。
振り向いて、そして、彼女はその瞳を一杯に見開いた。
視界の中で、眼前の魔物が腕を振り上げる様を、ティナは成すすべなく見ていた。
■
混乱と恐怖の波からは、さっさと退散するに限る。
「…何なんですの、一体…」
蒼い髪を払って、ジュレスは人知れず呟いた。
混血児の公道横断に、魔物の人里急襲。
いくらなんでもありえない事態に眉を顰めながらも、彼女の美しい脚線が止まることはない。
普段から、人足のない裏通り。いつもは、遍く闇からのお誘いが掛かるのだが、今に限っては閑散とした静寂だけが、所在無く転がっているだけだ。
「………」
ルージュが意味深げに歪む。
彼女は闇に解けていった。
■
ロイドの長所は、人懐っこいところと、人好きのする笑みだが、どこをどーしたら20分かそこらで巨大廃船を五隻かき集めて来られるのか、それは、付き合いの深い仲間達にも分からなかった。
「やー、事情を話したら快くくれたんだよナっ」
「…廃船五隻も？」
「おう。とても、気さくなおっさんだった」
やっぱ人間おおらかさが一番だなっ、といささかおおらかすぎるケのある男はとても満足げに笑う。
仲間の一人――相変わらず淡々とした雰囲気のローブを振り返って、
「じゃあ、後は任せるよ。存分にやりな」
「…」
微かだが、ローブの中の人影が頷く。
にっと笑ってロイドが未だ勢い衰えない海からの侵攻ブツたちの足止めに向かった後。
「…空高き天の楽園に」
詠唱を始めたローブの裾が、風でふわりと揺れた。
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