Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第四章 アレントゥム自由市 
* * *
 ――アレントゥム自由市 城砦 東通り路地



 彼女は唇を吊り上げた。
「通していただけませんこと?」
 二十代の始めの頃だろうか。
 生まれたての赤ん坊から、百歳間近の爺さんまで、男であればおそらく誰もが認めるであろう、文句無しの美女だった。
 紫欄を帯びた蒼い髪を気だるげにかきあげる。艶やかなルージュを挑発的に吊り上げ、優雅に対象どもを一瞥する。
「急いでいますのよ、わたくし私」
「まあまあ、そういいなさんなや」
 案の定下卑た笑いをゴツイ象顔に浮かべて、美女の周囲を取り囲んだ男の内の一人が、鼻息荒く告げる。
 何を考えているのか、丸分かりだ。理性とか、自制心とか、そういったモノをすべて母の胎内に置いてきてしまった人種らしい。美女の顔を見ただけで、『どこか』に思考回路が直結してしまったようだ。周りであがる野次のノリも似たようなものだ。
 まあ、象男どもがそう思うのも、無理ないも知れない。
 ここは、裏路地、光も一般人も、無縁の場所だ。てきとーな因縁をつけて、この美女をここまで引っ張ってきた時点で、象は思った。
 やった。俺(たち)は勝った。
「………行っても、よろしいかしら?」
 もちろん、そんな単純男の単純思考回路なんて、お見通しなのだろう、美女の呆れたような申し出に、男どもは、逆に何かのスイッチを入れてしまったらしい。
「覚悟しろや」
 どこまでも短絡的に、一斉に迫ってきたところで、
(宵明けのゾンビとどちらがマシかしら)
 美女はふと、考えた。
 顔面いっぱいによだれを撒き散らした、ヤる気むんむんの象(現実)。
 チャーミングに腐って崩れたゾンビの顔(想像)。
(ゾンビの方がましですかしらね)
 現実は想像よりも遥かに残酷だった。
 ゾンビ以下の刻印を(美女によって)(勝手に)押された象たちに、もちろんそんな美女の心中など読めるはず無く――
「…ごめんあそばせ?」
 美女に伸ばされる幾本の手、その最初の指の爪の先が届く遥か手前で。
 男たちの体が、いきなり、後方に吹っ飛ばされた。
「な、なにい!?」
「相手を選ぶべきでしたわね」
 薄く笑う美女の笑みは、さながら氷のそれだった。

 三十秒後。

「男って、馬鹿ですわねえ」
 路地から大通りまで戻ってきて、彼女は伸びをした。
 行き交う人々がたった今、彼女が出てきた路地の方を気味悪く覗きながらとおりすぎていく。どおやら、阿鼻叫喚は、表の方まで聞こえてしまっていたらしい。
「…こんなのばかりですわね」
 林檎祭りが近い所為か、人が多い。人が多いと、当然ああいう馬鹿も多いもので。
 彼女の中にある第六感は明らかに告げていた。
 この林檎祭り、何かが起こる。と。
 それこそ、自分が生まれるずっと以前、それこそ大空白時代に遡ってしまうほどのコトであるらしいのだが。
 まあ、所詮、今更どうあがいたって、どうにもならないんでしょうけれど。
 (『属性』からは…逃げられませんわよね…)
 そして、自分が、『二分の一の最悪』に当たってしまった事も。もう二分の一も、同じように『最悪』であることに違いは無いのだろうが。
 少しだけ、自嘲の調子を混ぜて、彼女は悠然と道を進んでいった。


――アレントゥム自由市 城砦 西通り路地



 彼女は唇を吊り上げた。
「通してもらえないかしら?」
 十代の終わりの頃だろうか。
 生まれたての赤ん坊から、百歳間近の爺さんまで、男であればおそらく誰もが認めるであろう、文句無しの美女だった。
 青銀の髪を気だるげにかきあげる。鮮やかなルージュを挑発的に吊り上げ、挑戦的に対象どもを一瞥する。
「急いでいるのよ、わたし」
「まあまあ、そういいなさんなや」
 案の定下卑た笑いをゴツイ熊顔に浮かべて、美女の周囲を取り囲んだ男の内の一人が、鼻息荒く告げる。
 何を考えているのか、丸分かりだ。理性とか、自制心とか、そういったモノをすべて母の胎内に置いてきてしまった人種らしい。美女の顔を見ただけで、『どこか』に思考回路が直結してしまったようだ。周りであがる野次のノリも似たようなものだ。
 まあ、熊男どもがそう思うのも、無理ないも知れない。
 ここは、裏路地、光も一般人も、無縁の場所だ。てきとーな因縁をつけて、この美女をここまで引っ張ってきた時点で、熊は思った。
 やった。俺(たち)は勝った。
「………行っても、いいかしら?」
 もちろん、そんな単純男の単純思考回路なんて、お見通しなのだろう、美女の呆れたような申し出に、男どもは、逆に何かのスイッチを入れてしまったらしい。
「覚悟しろや」
 どこまでも短絡的に、一斉に迫ってきたところで、
(ゾンビのディープとどっちがましかしら)
 美女はふと、考えた。
 顔面いっぱいによだれを撒き散らした、ヤる気むんむんの熊の荒れた唇(現実)。
 腐りきったゾンビのちょっと湿って崩れかけた唇(想像)。
(ゾンビの方がましかしら)
 現実は想像よりも遥かに残酷だった。
 ゾンビの唇以下の刻印を(美女によって)(勝手に)押された熊たちに、もちろんそんな美女の心中など読めるはず無く――
「…あーっと、ごめんなさい?」
 美女に伸ばされる幾本の手、その最初の指の爪の先が届く遥か手前で。
 男たちの体が、いきなり、後方に吹っ飛ばされた。
「な、なにい!?」
「相手を選ぶべきだったわね」
 薄く笑う美女の笑みは、さながら氷のそれだった。

 三十秒後。

「男って、ばっっっかねえ。…って、人のコト言えないかしら」
 路地から大通りまで戻ってきて、彼女は伸びをした。
 行き交う人々がたった今、彼女が出てきた路地の方を気味悪く覗きながらとおりすぎていく。どおやら、阿鼻叫喚は、表の方まで聞こえてしまっていたらしい。
「…こんなのばっか」
 林檎祭りが近い所為か、人が多い。人が多いと、当然ああいう馬鹿も多いもので。
「馬鹿な奴ら」
 今更、何しようが、どーせ行き着く先は一緒なのに。
(この林檎市ね)
 動き出す。
 第六感がそう告げる。
 そして、それが始まってしまったが最後自分は――自分たちはもう、もどれない。
(あーあ)
 少しだけ、自嘲の調子を混ぜて、彼女は悠然と道を進んでいった。


『帰ッタンダネ』
 その場所に踏み込んだ途端、椅子に腰掛けた後姿がそう述べ、『ダグラス』は、微かに首肯して、言葉を紡いだ。
「ミルガウスの石版四つ。確かに、持って参りました」
『四ツ』
「はい」
『ヘエ、ソウカ。…ゴ苦労様。…君ニマトワリツイタ血ノニオイ、相当ノモノダネ。国境ノ砦。道中ノ村落…。僕ノイイツケドオリ、ココニ来ルマデニ、タクサン殺シタミタイダネエ』
「は」
『イイ子ダ。ボクノ『成功作』』
「恐縮です」
『フフ…。ドウヤラ、『失敗作』ノ方モコチラニムカッテイルミタイダネエ。…合流シテ適当ナ所デボクノトコロニ連レテ来イ』
「分かりました」
『頼ンダヨ』
「失礼します」
 『ダグラス』は、深々と頭を下げ、そしてそこを後にした。
 肉声が届かないところに来てから、目を閉じ、息を吐き出した。
「…必ず成功させますよ。…あなたの希望通りにね」
 そうして、彼は本当にだるそうに、長い金の髪をかきあげた。
 瞳を開き、湖面のようなその色に、冴えない色の天上を淡々と映した。
「…かの魔王の復活を」
 清涼な声音だけが、微かに震えていた。


『そうして全ての幕が開く』

 彼女は呟いた。
 それは、自嘲か、嘲笑か。

『闇の石版も。神剣も。イオスも、カオスも。――そして、我々、石版の欠片『七君主』も』

『属性は二つに分かたれ、そして、互いに敵対しあう。最も近しい者の姿で』

『裁きの時が巡るまで』

それは、自嘲か、嘲笑か。

『属性の、光と闇は巡る』

 くすくすと笑んで、彼女は――カオラナは、レイザの駆る馬車から、窓の外を見遣った。

『これで『ベリアル』は、ミルガウスにいなくなる。…『マモン』の業火が歴史の町と、そして不死の王国を焼き尽くすだろう』

 彼女はくつくつと嘲笑った。

『さあ、カーニバルの始まりだ』

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