明るい午後の日差し。
重なり合う緑。
静かに佇む白い陰影。
陽炎に跳ね返る、子供達の声が輝く――
「――。神殿まで競争よ!」
「――は、すぐ転げるんだからー」
「見張りの兵にばれないようにね。そうっと早く走るんだよ」
声がする。
懐かしい声。
親しみのこもった声。
ああ、お兄様たちですね。神殿に遊びに行くんですか。私もいきます。待ってください。置いて行かないでください。
アベルは兄弟たちの背を追ってとたとたと走る。
狭い視界は高い背中に追いつけない。
息が上がる。
呼吸が苦しくなる。
足が止まって、そんなアベルをいつも途中で待ってくれたのは決まってフェイお兄様だった。
「――、大丈夫?」
「大丈夫ですよ」
「スヴェル兄さまも、ソフィア姉さまも足が速いね。追いつけないや」
こぼれる様な青銀の髪。
白い布に覆われた顔の半分。
『イミンゾク』で、もらわれて来た子供で、目が不自由なお兄様。だけど、いつも優しくて、剣も強くて、大好きだった。
風が抜ける。
緑の影が揺れる。
「一緒に行こう。――」
「はい!」
いつものように、手をつないで、いつものように、秘密の遊び場に行った。
神殿の周りには誰も居なかった。
四人でずっと遊んだ。
大人の人に知られたら怒られるけど、知られないように忍び込む事が楽しくて、いつもどきどきしながらお兄様たちの後を追っていた。
「はあ。やっと着いたね」
古びた建物の前。
錆付いた扉。
鏡の神殿。
闇の石版を置いてある所。
大事なものが眠っているところ。
手を掛けて微笑んだフェイお兄様が、いつものように押し開ける。
いつものように。
そう。
ここまでは――
「!? ソフィア姉さま!?」
フェイお兄様の声。
瞬間、突き飛ばされた。
何が起こったのか。
分からない。
突き飛ばされて、その後、もっと強い力に突き倒されて、多分しばらく気を失っていて。
そして、やっと顔を上げたアベルの眼前に。
黒き炎に焦がされた神殿があった。
青い空を焦がす、禍々しい狂気の赫は、アベルの瞳を根底から焼き焦がしていった。
じっとりと。
見開かれた瞳。
混乱していて、理解できない。
燃える神殿。
お兄様、お姉様――
どうしちゃったんですか…?
私はどうしてここにいるんですか?
皆、どこにいるんですか?
ねえ、誰か!
お願い誰か…
………!
「………」
夢ですか。
ぱっと見開いた目を不機嫌に閉じて、アベルは重く息を吐いた。
何たって、旅に出たその先でこんな昔の夢見なきゃいけないんですかねえ。
「しかも、何かベッドが硬すぎ…」
呟いて身体を起こしかけたアベルは、その瞬間動きを止めた。
岩肌。
四方八方どこを見渡しても、そんな情景が広がっていた。
「…ええ?」
確か、私、石版を探すたびに出ていて、アレントゥムに到着して、疲れて宿で寝てしまっていたんじゃ無かったですかね。
そんな事を三回胸中で唱えた後、彼女はぼそりと呟いた。
「これって…誘拐された…とか言ったりするんですかね」
取りあえず辺りに人影は無いが。
「ティナさん…護衛のお仕事、契約違反じゃないですか」
これは減俸ですね。お父様にチクってあげましょう。
どこか場違いな事を考えて、アベルは再び身体を横たえる。
「やる事も無いですし。一眠りしましょうか」
何も考えていないだけと言ってしまえばそれまでだったが。
ある意味かなり大物の王女だった。
■
「いない? どういうことだ」
どうにもこうにも言いようが無く、在りのままを報告したティナに対して、カイオス・レリュードは鋭い視線を放ってきた。
当たり前だ。
護衛を買っておいて、この失態。
ただ、ティナにしても、詫びるより先に首を傾げる他無い。王女を部屋に一人にしていたのは確かに事実だが、だからと言って誰かが不審な事をすれば流石に気づく。気づく…筈だった。
現に王女は消えている。もう跡形も無く。
「…とにかく、街を探してくるから…クルスはカイオスに付いてて…」
「結構だ」
「どういう意味よ」
「探すのに足は多いほうがいいだろう」
「だけど」
「何か問題が」
「…」
雇い主側にそう言われれば、ティナは黙るしかない。結局クルスと共に連れ立っていく。
表の喧騒は静まる様子が無かった。
こんな中を宛てもなく走り回るのか…。無駄に体力を使うだけの気もするが。
「…他にテも思いつかないしねえ…厄介なことになっちゃったわ」
「うにゅ…。これも混血児のせい?」
「さあー…どーなんだろ」
肩を竦めて走り出した。
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