Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第四章 アレントゥム自由市 
* * *
 第一大陸東北部に渡って栄える大陸第三の都市、『自由都市アレントゥム』。
 人の時では表せぬほどに時を遡る、第一次天地大戦の折、天界、地界の両陣営の司令官、『イオス』、『カオス』――かの二者が激闘し、その末、互いの魂を刺し貫いて果てた場所。
 街外れの廃墟――俗に言う大戦遺跡は、その遺構だった。
 巨大な古城を想起させる造形。
 時を移ろいながら、なお一個の無機物として、絶妙なる調和を保ち続ける表層には、風化と何者をも拒む無言の威圧だけが漂う。
 複雑に入り組んだ内部は、古代の魔物で満たされており、その入り口は硬く封印を施されたままだ。
 永久の暗黒に包まれた光と闇の陵墓――
 蠢く狂気をなおも止めたまま…

「…ヤア。来テクレタンダネ。僕ノ『ダグラス』。会イカッタ」
「………」
 陽の光に満たされた宿の一室から、突然視界を移した光景には、深々と冷える闇と、死んでも会いたくなかった像が待ち受けていた。
 空間魔法――後ろで、今しがた自分を運んできた『ダグラス』が気配を消すのを確認して、彼は、双眼を前方に遣った。
「ココハ、町ノ郊外ニアル遺跡ノ中ダヨ。誰ニモミツカラナイ」
 金の髪。整った青年の造形。白い肌から除く、狂気を宿した赫い瞳…―――
「君ノ王女様ハ無事ダヨ。ゴメンネ…手荒ナコトハシタクナカッタンダケド…コウデモシナキャ、君、来テクレナカッタダロ?」
 血玉が微笑む。
 本能的に感じた嫌悪は、顔の面一枚で止めておいて、カイオス・レリュードは無表情につづった。
「で、…今度は何なんだ?」
「…フフ…ソウ焦ルンジャナイッテ。セッカチダナア…」
「………」
 からかうような声調に、帰ってきたのは、底なしの沈黙。
 『それ』は、気を悪くした様子もなく、唇を丸めた。
 微かにもったいぶる感じに間をおいて、しかしあっさり告げた。
「『ミルガウス』ヲ滅ボシテ来テクレル?」
「………っ」
 無表情が、微かに振れる。
 開きかけた口が音を生み出すよりも早く、『それ』は、色を無くした男の顔を見つめてくつくつと嘲笑った。
「イヤ、ダトハ言ワセナイヨ。『ミルガウスノ左大臣殿』?」


 宿を飛び出した時には、部屋の中に確かにふんぞり返っていた、あの左大臣の姿は、煙に巻かれたように、忽然と消えていた。
「…いない…。いないってどーゆーことなのよ、あの左大臣」
 思わず、少年のほうに畳み掛けると、
「うにゅー…オレに当たられても〜」
 クルスは上目遣いにティナを見返してきた。多少気を取り直して、もう一度視線を部屋の全体に走らせる。
 ――状況は、変わりはしない。
 二人を除けば、無人の空間。
「別に当たっちゃないわよ。何、あれまで連れ去られたっていうの!?」
「…ティナ」
「何よ」
「それだけは無いんじゃないかな」
 いつになく、神妙なクルスの言葉に、ティナまで思わず息を詰めた。唾を飲み込んで、聞き返す。
「? どーゆー意味?」
「だって、あのカイオスだよ?」
「………」
「たとえば、賊がアベルを抱っこして連れて行くのはさ。オレまだ想像できるけど、カイオス、抱っこして…」
 ちょっと想像してしまった。
「やーめーてー! そんな場合じゃないのに、大爆笑しちゃうじゃない!」
「だろ!? 絶対、不気味だよ。だから、カイオスは、きっと出掛けてるんだよ」
「なるほど。そうね! そういうことにしときましょ! どーせ、アベルも探さなきゃいけないんだから、後で対処したって一緒の事よ!」
「だね!」
 二人して指を立てた瞬間、窓の外の喧騒がいっそう激しさを増した。
「よし、じゃあ先に外の魔物片すわよ!」
「おー!」


 一歩宿から踏み出すと、耳に届く喧騒は格段に大きく二人を包み込んだ。
 風に混じるのは、血の臭いと何かが焼ける臭い――
 殺戮ついでに、魔法で火責めにし始めたらしい。
「やっばいわねえ。…さっさとどーにかしないと」
「うん」
 頼まれもしないのにぶつかっては、悪態を残して消えていく人の怒涛の波に洗われながら、お互いに頷きあった矢先、一際耳をつんざく絶叫が街を震え上がらせていった。
 遣った目線の先には、飛来する魔物の群れ。
 城壁に囲まれたアレントゥムも、上空からの攻撃には、流石に無防備だった。――というより、おそらくこんな事態前例がないだろう。
 街の護衛兵たちも、斬ろうとすれば上空に逃げるわ、射ようとすれば肉薄してくるわ、無駄にこズルイ獲物に手を焼いている様子だった。連携もうまく言っているとは到底いいがたい。対して、魔物のほうは無秩序に逃げ回る町人の群れに割って入り、人間をさらっては地上に落として混乱をあおり、楽しんでいる様子――
(遊ばれてるわね…)
 目を眇める。
 獲物はざっと30匹強――援護が期待できそうな様子はない。
「来るよ、ティナ!」
「羽を焼くから、援護、お願い!」
「羽…。
 分かったよ、ティナ!!」
 目線を絡ませて素早く散る。
「…鳥に毛が生えた程度の分際で…」
 唇を嘗め上げて、ティナは混乱の最中、不敵に笑った。

* * *
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