Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
 | Back | 目次 | Next | HOME | 
  第五章 裏切りの枉曲 
* * *
 闇に染め抜かれた町を抜けると、一際そびえたつ城門が現れる。
 常軌を逸した太さと、年月を誇る鎖に戒められ、懇々と立ち尽くす。
 アレントゥムの、――人の抒情詩の果て。
 そして、歴史との、邂逅点の始まり。
 『光と闇の陵墓』と称される、大戦の遺物が、その向こうに広がっているのだ。
「…」
 男の無骨な手のひらが、昼間、内側から張られた結界に触れた。
 昼間の戦闘の時、街の魔導師が編んだという、その封印は、微かにたわみ、接触を拒んだ。
 男は、冷めた色を湛えた青い目を、多少細めた。
 金の髪を後ろに払い、紡ぐ。
「浄の集(すだ)く白き壁 全ての眠る蒼き苑(その)」
 解けろ。と、命じる声は鋭く、しかし確実に、結界をほころばせた。
 詠唱の洗練さ、結界を術者に気付かれぬ緻密さ、全てが並みの魔道士を軽すぎるほど軽く、凌いでいた。
 そうして身体を結界の外に滑らせた青年の表情は、無い。
 後は、細身の身体を翻し、門の鎖を伝って、音も無く城壁を飛び越えてみせた。
「………」
 急に開けた視界が、夜の荒野と、地を渡る風を広々と運んできた。
 服をはためかせ、後ろに抜けていく…
 いまだ月の明かりの無い夜。
 その背後には、黒々とした陰影がそびえていた。
 『光と影の陵墓』。
 歴史ある建造物はに面を合わせ、青年は静かに佇んだ。
 何かを待っているようにも見えた。
 ――その時。
「遅かったな。『失敗作』」
 声がしたのは、正面。
 空間が割れて、刹那、狭間から、人影が現れる。
「………」
 はらりと振れる金の髪。優越感をいっぱいに湛えた青の瞳。
 カイオス・レリュードと似すぎるほど似合った容貌が、対照的に笑んでいた。
「…」
「石版は、持ってきたのか」
「ああ」
 放る。
 二つの欠片は、ゆっくりと弧を描いて、もう一方の影へと吸い込まれていった。
「確かに」
 相対した、男は笑った。
「これで、六つ」
「………」
「後は、ミルガウスに行き、そして、アレントゥムを…」
「待ちなさい!!」
「!?」
「………」
 差し込まれたのは、甲高い、女の声。
 同時に遣られた視線の先に、肩で息をしながらこちらに駆け寄ってくる女の容姿が映った。
 暗がりで髪の色は見分けがつかないが、その珍しい紫欄の瞳は見違えようがなかった。どこか、幼さを残した女の顔。しかし今は、眼前の光景にただただ驚きをあらわにしている。
 結界と、城壁を越えたか。
 風に攫われて、気配がつかめなかった。
「…」
「お前の連れか」
 カイオスは何も言わなかったが、もう一方は、目を細める。
 無防備な対象に向かって、手を抱えて詠唱しようとしたのを、不意に差し出された手が止めた。
 男の青の目が、険悪に細まって、もう一方を睨む。
「…何のつもりだ」
「石版は、早いほうがいいんだろう」
「…ああ」
「俺が止める。さっさと行け」
「………」
 男は、真意を探るように目を細めたが、結局無表情からそれをすることをあきらめたらしい。
「ぬかるなよ」
 あっさりと、虚空に消えてみせた。
「…」
 カイオスは、ため息まじりに女に対峙する。
 駆け寄ってきたティナ・カルナウスは、予想通りの顔をしていた。
「あんた…今の男…」
 消えた…それに、なんで、そっくり…
 言いかけたその眼前で、彼は無表情に、剣を抜いてみせた。
「っ!?」
 一瞬で、ティナの顔色が変わる。
「石版は、あいつに渡した」
「な…!?」
「取り返したければ」
 俺を倒してみな。
 無情な斬り込みが、戦闘の合図となった。

* * *
 | Back | 目次 | Next | HOME | 
Base template by WEB MAGIC.   Copyright(c)2005-2015 奇術師の食卓 紫苑怜 All rights reserved.