Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第五章 裏切りの枉曲 
* * *
――アレントゥム自由市宿屋



「つっ…」
 腹にうずく鈍い痛みを感じて、ティナは、ふと身を起こした。
 ベッドに横たえられた体をゆっくりと持ち上げる。
 薄暗いランプに照らされたがらんとした部屋。
 窓の外は、既に深い闇が立ち込め、結局日のあるうちに活気が町に戻ってこなかったことを、悲しんでいるようだった。
「………」
 首を傾げる。
 あたし…どうしたんだっけ…。
 ぼんやりと天井辺りをさまよったティナの紫欄の目が、だんだんと現実を思い出して、光を取り戻していく。
 思うところあって、カイオスの部屋に入り、ニ、三の言葉をかわした後、彼がいきなり――
「っ!!」
 ティナは、はっと目を見開いた。
 だるさを無視して、飛び起きる。
 部屋を飛び出ると、体当たりの勢いで、隣の部屋のドアをぶち破った。
 中の二人がびっくりした顔をして、こちらを振り向く。
「!? ティナさん!?」
「どーしたの、ティナ? お腹減った…?」
「カイオスは!?」
 目を見開く少年少女たちに、ティナは物すごい勢いで畳み掛ける。
「え…見て、無いですけど…」
「ティナ、どーしたの、顔色、悪いよ…」
「っっ」
 唇を噛む。
 ただならぬ様子を感じ取ったのか、アベルが黒の目を瞬かせて、おずおずと切り出してきた。
「ティナさん…カイオスと、何かあったんですか…失礼なことでも…」
 失礼といえば、この上なく失礼なことをぶちかまされた気がしたが、そんなことを、今いちいち口に出している気分ではなかった。
 悪い予感ばかりが、爆発的に膨れ上がっていく。
 きつく握り締めた拳を締めなおして、ティナは声に気合を込めた。
「クルス!」
「な、何!?」
「アベル、よろしく。あたし…ちょっと外に出てくるから」
「う、うん…」
「気をつけてくださいね。ティナさん…」
 二人の返事を聞く間もなく、ティナは身体を翻す。
 飛び出した町は、昼間の延長線上にあるかのように、静まり返っていた。
 明日になれば、活気を取り戻すのだろうか…。
 閑散とした大通りを、思い切り駆け出す。
 駆け出して、気付いた。懐が、軽い…
「………あいつ」
 ティナは、唇をかみ締める。
 予感として疑いを抱くことと、それを現実として認識することには、あまりに深い溝がありすぎた。
 ただ、ティナの闇の石版がカイオスによって――おそらく――持ち去られたこと。その、紛れも無い現実と、しかし、一方でアベルの、ミルガウスの人たちの言葉が、頭をいやになるほど駆け巡っていた。

――だから、彼は、ミルガウスの人間なんですよ。

「………」
 何が目的か知らないけど…
「絶対、裏切らせないから…!」
 なぜ、その言葉を呟いていたのか、もはやティナ自身分からなかった。
 ただ必死で、夜の町を駆け抜けていった。


――アレントゥム自由市港 海賊船船長室



「いや…だから、可能性として…」
 三人のあまりの反応に、流石に責任を感じたのか、ローブはぼそぼそと取り成した。
「てめーが言うと、単なる可能性に聞こえねーんだよ」
「………」
 アルフェリアの毒舌はいつものこと。
 無言で受けた副船長は、肩を竦めて加えた。
「最悪を覚悟するに越したことはないからな」
「…しかし、仮に――七君主ほどの存在が動くとして、目的は…」
「世界せーふく、とか?」
 深刻に呟くベアトリクスに、またもロイドが無責任にあっさりと爆弾をかます。
「や、世界せーふくするんだったら、わざわざ石版に手ぇ出すコト、ないだろ」
「やー、分からんぞ。自分よりつえぇヤツ呼び出して、そいつに代わりにやってもらうとか」
 にかっと得意げに切り返して見せたロイドに、他の三人の反応はひたすらに暗いものだった。
「…七君主より、強い存在って…」
「…やー、オレ、一人くらいしか、思いつかねー」
「え、そーなのか? それって誰なんだ?」
 将軍達の冷や汗もののやりとりにも、海賊は頓着していないようだった。
「…」
「…」
「…」
「? どーしたんだ、皆。黙っちまって」
 副船長みたいだぞー?
 と、ロイドが、のんびり呟いた末、
「ま、まあ…可能性だしな、あくまで」
「そうですね」
「………」
「なー、なんなんだよう」
 お前、ちょっとだまってろ。
 三人の無言の圧力に構わず、ロイドはしばらく考えていたが、
「…わかんねーや」
 ま、いっかと、無責任ににっと笑った。


「…さて、そろそろ行かなければね…」
「カオラナ様」
「あなたも、いらっしゃい。レイザ」
 ふいに動き出した主を、レイザは、緊張の眼差しで見つめていた。
 視線の先で、カオラナ第三王位継承者は、たおやかに歩を進めつつあった。
「どこにいらっしゃるのですか」
「『光と闇の陵墓』」
 いよいよ、あの方が、降臨される。
 一人の男の狂気によって…
「一人の、男の…?」
「そう。『ダグラス・セントア・ブルグレア』」
「………」
 不出生の魔法学者の名前を出されて、レイザは、一瞬押し黙った。
「ザイラ、留守をお願いね」
 戸口に控えていた魔法協会会長に向かって、王女は、薄く笑む。
「は」
 寡黙な中年は、そうとだけ返した。
 頷き返して、王女は、進む。
「そして、全てが始まる」
 黒い髪をくゆらせながら。
「…世界の、終焉の」

* * *
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