――アレントゥム自由市 宿屋
「まずねえ、アベル。『属性魔法』と『無属性魔法』の違い、分かる?」
早速話を切り出したティナに、アベルは神妙に頷いた。
「『無』の字が違いますねえ」
「………」
「分かった、ティナ、こういうのを『バカにされてる』って言うんだね!」
「え、そんな! 私は本気です!」
思わず言葉を失ったティナへの追い討ちに、ますます頭が痛くなった。
「…ね。じゃ、第一次天地大戦知ってる?」
「…バカにしてます?」
「私は本気よ」
無意味な応酬の末に、ティナはため息をつく。
「第一次天地大戦――天使と魔族が、地上で戦争やらかしたやつ。…で、その戦争の結果、地上にもたらされたモノ…みたいなヤツが何個かあって、…」
「あ、それならちょっと知ってますよ。えっと、戦争がひどくって、地上の大陸の、東半分がなくなったことと、三つの世界を分断するため、光闇の石版ができたことと、地上のどこかに神剣がばらまかれたことと、イオスとカオスが相打ちになって、地上で眠りについたことと…」
「「属性の人間継承」」
二人の旅人の声が重なって、王女は目を瞬かせた。
「昔ね…大戦の前は、天使だとか、魔族だとかがいわゆる『属性』ってヤツを持ってたの。けど、大戦で二つの種族ごとぶっ飛んじゃったのよね」
「石版が出来たときとか、地水火風の『四属性』の天使と魔族が犠牲になっちゃったし」
「で、大戦後、『属性』は新たな宿主を求めたってわけ」
「それで、属性に選ばれた人が出てきたんだ」
二人の説明にアベルは、目を白黒させていたが、
「…何となく分かりました。それが、『属性継承者』なんですね」
「そう」
「そういうこと」
ま、厳密なとこはかなり省いてんだけどね。と加えると、王女は首を竦めてみせた。
「…まあまあ、こまかいところは放っておいて、じゃあ、その中でも、『三属性継承者』は特別なんですか?」
「うん」
「ほんっっっとに、すごいよ」
「…そんなに」
「どー言えばいいかな…」
ティナは少し考えて、
「例えば…一概に『属性』たって、いろいろあるわけよ」
「『火』とか、『水』とか」
「『音』なんかもそーよね。それこそ無数に」
「…はい」
「で、やっぱ『属性』も『人』を選ぶわけ。器が大きかったらたくさん属性が寄ってくるし、小さかったら大した属性が付かない。素質がなきゃそもそも寄ってこないし」
「それに、別に、ひとつの属性に対して、『属性継承者』が一人ってわけでもないんだ」
「え、どういうことですか?」
「例えばねえ…」
ティナはクルスとちらりと目を合わせて、続けた。
「さっき言った『音』って属性、あるでしょ。『音』の『属性』を使える人を『音の属性継承者』って言うけど」
「その『音の属性継承者』は何人もいるんだ。別に一人とは限らない。『音』だけじゃなくって、ほとんどの属性がそうなんだけど」
「ただし、その分、『属性』の元々あった威力も半減しちゃうのよね」
「じゃあ、その『属性継承者』ってやつは、人数が少なければ、少ないほど、威力も大きいし、『属性継承者』の器も大きいってコトですか?」
アベルが慎重にさしはさんだ言葉に、ティナはぱちんと指を鳴らす。
「そういうこと!」
「でね。そういう『属性継承者』が極端に少ない属性を『高位属性』っていってるんだけど…」
「…その『三属性』ってのが、それなんですね?」
二人は、こっくりと頷いた。
「具体的に言えばね。『光闇』の『二属性』、『地水火風』の『四属性』」
「で、さっき言った『氷雷炎』の『三属性』」
「『三属性』はまだ数人の『継承者』が並存するみたいだけどね。『二属性』と『四属性』は、一つの属性に対して完全に『属性継承者』は一人って言われてる」
「…言われてる?」
これにはクルスが首を振った。
「うん。なかなか表に出てこない人たちなんだ。ほとんど何も分かってないよ」
「『二属性』については、完全に伝説の域だしね」
「へえ…」
アベルはひとしきり噛み砕くように頷いた後、ちょっと眉を寄せた。
「属性魔法は大体分かりましたけど…、じゃあ、『無属性魔法』って…」
「あ、それはねえ、アレよ。やっぱ、『属性継承者』がうらやましかった人がいてね。言葉は悪いけど、猿まねしたのよ。属性魔法を」
「まね…ですか」
「そ。だから、誰にでも使える。けど、詠唱はやたらに長かったし」
「魔力の燃費は悪かったし、殺人的な理論で、見ただけで頭溶けそうになったし」
「…過去形なんですね」
「そ」
「最近まではね」
ティナとクルスは顔をあわせる。
「それまでは、すっごく難しかったし、『誰にでも』って言ったって、ホントに誰でもつかえたわけじゃなかった」
「けど、それを一気に『誰でも使える』程度に理論を引き下げた凄い人が居たのよね。それが…」
二人は声を合わせる。
「「ダグラス・セントア・ブルグレア」」
■
――『ミルガウス』ヲ滅ボシテ来テクレル?
『それ』は、あの時、笑いながら、そう言った。
――イヤ、ダトハ言ワセナイヨ。『ミルガウスノ左大臣殿』?
カイオス・レリュードは、物憂げにため息をついた。
質素な宿屋の一室。
一人の空間は、狭く、広い。
静かに、騒がしい。
何かが潜んでいると思わせるほどに…
彼は、頬杖をついたまま、軽く吐息した。
頭の中を、先ほどの情景だけが、めまぐるしく通り過ぎていた。
――だが、この場合は否と言わせてもらう。
――ドウイウ事ダイ?
――新たに石版が見つかった。
――ヘエ?
――数は二つ。
(二つ…それは、俺のすぐ近くに存在する)
胸中で反芻する言葉は、先ほどの記憶か、ただの独白か…
しかし、その時彼は、確かに躊躇わなかった。
それだけは、はっきりしていた。
―― 一番手に入れやすい人間に取りに行かせるのが、妥当だとは思うが?
彼は確かに躊躇わなかった。
狂った『それ』に対して、狂った取引を持ちかけた。
そして、切り出した。
――聞きたい。お前の目的は…なんだ。『ダグラス・セントア・ブルグレア』。
■
「ダグラス・セントア・ブルグレア…、『無属性魔法の権威』って言葉は聞いた事ありましたけど、まさか、そんなに凄かったとは…」
アベルのあまりの言葉に、ティナは少々ダグラス・セントア・ブルグレアに同情した。
「ま、確かに凄いけど、それだけじゃないわよ。アクアヴェイルの宰相で、同国きっての賢臣。めちゃめちゃ有能だったみたいね。ま、確か十年くらい前に遁走(とんそう)しちゃったんだけど」
「えっと原因は…」
「何だっけ? 華々しいよーな、ありきたりなよーな…」
「…息子の死亡」
「「え?」」
答えは意外なところから発せられた。
ティナとクルス、二人の視線が、黒髪の王女へと注がれた。
「アベル…知ってんの? 彼のこと」
「まあ、一応、王女やってますし。政治家としての彼を知ったついでに、魔法の云々を小耳に挟んだくらいですし」
微かに苦笑した少女は、気分を害した様子もなく、続けた。
「多分、ティナさんたちよりは、詳しいと思います。といっても、当時は私も幼過ぎたんですけど」
「「…」」
「彼は、――ダグラスは有能な政治家で、当事まで紛糾していたミルガウス――当時のシルヴェアですね、とにかく、和平協定をこぎつけたんです。あの国、ゼルリアと本当に仲が悪いですから。敵を少なくしようとしたんですよね。ただ、シルヴェアの方はゼルリアの同盟国ですから、戦争援助の関係なんかで、なかなか渋ってた。それを、成し遂げた人なんです」
「へえ…」
聞いているだけでは、いまいち凄さがピンと来ないものだが、とりあえず、ティナは相槌を打っておいた。さっきのアベルにしても、同じ心境だったろう。立場を逆にして、話は進む。
「和平協定に調印するに当たって、当時の国王…っていっても今と同じなんですけどね。お父様――ドゥレヴァは、一つ条件を出しました」
「いけにえ?」
ぼそっとクルスが差し込んだ物騒な言葉に、アベルはぶんぶんと首を振る。
「違いますよう…ま、似たようなもんかも知れないですけど…」
一呼吸おいた。
「人質です」
「「…」」
「ドゥレヴァは、同国の王子を人質に要求しました。五年くらいの期限で。――表向きは」
「表向き?」
「じゃあ、裏向きがあるの?」
「ええ。非公式なんですけどね」
アベルはちょっと言葉を止める。まあ、いいですかと口で呟いて、さらりと続けた。
「実は、ドゥレヴァたっての願いで、人質は変更されたんです。まあ、かなり国家機密っぽいことなんですけど」
おいおいいいのか。
二人の視線を無視して、話は続いていく。
「お父様は、アクアヴェイル国王の愚息ではなく、同国の臣下の息子を要求しました。当時五歳…ほどだったはずです。その年にして、ものすごい才能発揮してたらしいです。とても噂に名高かったので、お父様も会ってみたかったんでしょうね。ま、お父様らしいといえば、らしいですけど」
「それが…」
「ええ。ダグラス・セントア・ブルグレアの息子」
ここで、彼女はいたずらっぽく目を細めた。
「カイオス・レリュード」
対する二人は、目を丸くした。
「「…は?」」
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