Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第六章 赫き贄は謳う 
* * *
――アレントゥム自由市 外部野営地



 焚き火が夜気にはぜる。
 うつろな赤が、囲んだ人々の面を憂鬱に照らしながら、夜の彼方へと溶けていった。
 日のあるうちに、大量の魔族が大挙してアレントゥム自由市に押し寄せてから、もう、半日近く経つだろうか。
 自由市が魔物の侵攻を防ぐために、内側から張った結界に締め出される形になった人々は、街を目前に、肩を寄せ合っていた。
 息を詰めた静寂だけが、彼ら、――キルド族やりんご祭りを楽しみに訪れていた旅人達を包み込む。
「…いつまで、野宿なんやろ」
 一人がぽつりと呟く。
 大した音でもない――しかし、閑散とこだまして、その場を共有する全員の耳を打った。
 その耳に、風に乗って闇から届く不気味な音…――。
 町を襲った魔族たちが、自由市の結界にたかっているのだった。――彼らには見向きもせずに。
 なにかを引っかく音、甲高いうめき声、否が応でも人々の目を覚ます。
 煌々とはぜる焚き火が、憂鬱な赤をくゆらせながら、深々と夜気にはぜていた。
「………」
 人々は肩を寄せ合う。
 そして、朝を待つ。


――アレントゥム自由市 大通り



「まあ、見事なものですわね」
 ジュレスは自身の唇に指を触れた。
 繊細な輪郭の、艶やかな光沢を遊びながら。
「…人っ子一人、歩いていませんわ」
 人の気配が取り払われた石畳。
 彼女のヒールだけが、音を弾く。
 ふと、空を見上げた。
 今日の月は、いまだ天上に存在しなかった。
「………」
 何も起こらないといいんですけれど。
 輪郭が弾く言葉は、音を伴わない。


――アレントゥム自由市 波止場 海賊船



「でもまあ、こんだけ情報が少ないんじゃなー」
 ロイドがのんびりとあくびをかみ殺したのは、船長室が大分静まり返ってからだった。
「メシ、食わないか? 多分ジェーンが待ってる」
「…そーだなー昼間久々に動き回ったんで、腹が減ってしょーがねえ」
 すぐさま同意したのは、黒髪の将軍だった。
 アルフェリアが同僚の方を振り返ると、彼女もやがて頷く。
「…そうですね」
「決まりだなっ」
 ロイドは傍らを振り返る。
「いーだろ、副船長」
「………」
 無言で立ち上がるローブの青年に、アルフェリアが肩を竦める。
「返事ぐらいしろよなー」
「まあまあ」
 ローブは無視した。
眉を上げたアルフェリアをロイドが取り成して、四人は船室を後にした。


――アレントゥム自由市 東大通り



「…やな風」
 ウェイは、肩を抱くように上を見上げた。
 一人の夜道。静寂そのもの。
 ――風の音が、良く通る。
 轟々とたなびいていく雲が、結界の向こう側にどす黒くうかがえた。
 彼女は、美しい柳眉を上げた。
「…こんな日は…」
 何も、起こらないといーんだけどね。
 呟いて、彼女は口元を引き締めた。


――アレントゥム自由市宿屋



「ティナさん、どこ行っちゃったんでしょうね。カイオスも、いませんし」
「うー。オレ、お腹空いたよ」
「もう、クルスさんは、いっつもそれですね!!」
 アベルは、頬を膨らませてから、しかしふと、窓の外を眺めた。
「何もないといーんですけど」
「にゅ? オレじゃ、不安?」
「そーじゃないですよ。けど…」
 それ以上、アベルは何も言わず、窓の外を見つめ続けた。


――アレントゥム自由市 近郊遺跡『光と闇の陵墓』



「…ただいま戻りました。七君主さま」
 『ダグラス』が、託された二つの石版を携えて空間を転移して現れた先には、見慣れた景色と自身の主のほかに、見知らぬ女が二人いた。
 一方は黒髪黒目の気の弱そうな女、もう一方は、赤髪にワインレッドの瞳を持った、猫目の少女だった。
「………」
 思わず『ダグラス』が眉を上げると、女は目を細め、少女は目を逸らす。
「…仲間ダヨ。僕ノ」
「!!」
 とっさに声の方を振り返ると、赤い目を細めた主が、じっとこちらをみすえていた。
「デ、石版ハ?」
「こちらに」
 差し出す。
 瞬間、赤毛の少女が、もの凄い目つきで睨んできたが、口に出しては何も言わなかった。
 受け取った七君主は、薄く笑った。
 言った。
「コレデ、六ツ」
「………」
「完成形ニハホド遠イガ、…――ヤルカ」
「………」
「ア、デネ。『ダグラス』。君ニチョット頼ミガアルンダケド…」
「は」
 頭をたれる。
 続く言葉に深く目を閉じた。
「ドウシテモ、魔ノ通リ道ガ必要ナンダ。ダカラ君…――」
 そのとき七君主は、

「『ミルガウス』ヲ滅ボシテ来テクレル?」

 確かに、笑っていたのだ。

* * *
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