――アレントゥム自由市『光と闇の陵墓』前
昔…アクアヴェイルに、ダグラス・セントア・ブルグレアと呼ばれる男がいた。無属性魔法の権威であり、また、国内外からも、賢臣の誉れ高いと評判の男だった。
しかし、ある時、彼の息子がシルヴェアへの人質として送られた。その息子は、不慮の事故で永遠に帰ってこなかった。
息子の死を聞いた時、男は魂を悪魔に売り渡した。
ヤツは、世界が滅びる事を願った。そして、自身の身に七君主を宿らせた。その上で、悪魔の術を使い、自身の身体を、分身とでも言うべき幾百もの『ダグラス・セントア・ブルグレア』として、大量に作り出した。複製、複写、模造――なんでもいい。命さえ操りうる魔界の文明の知識を持った七君主は、それらを大量に作り出した。
全ては、この世を憎んだがため――。
…――。
その一人が、俺だ。
『他所(よそ)者』左大臣、『カイオス・レリュード』。
黒髪、黒瞳が大半を占める民族の中で、金髪青眼の容姿を持ちながら国政を担う青年。
彼は、自分の出自どころか、本名・年齢さえ周りの者に明かさなかった。
だから、前左大臣『バティーダ・ホーウェルン』は、彼にこう名前をつけた。
その昔、シルヴェア時代にその国に訪れて、そして、不慮の事故で亡くなった当時9才だった子供の名前。
ダグラス・セントア・ブルグレアの息子として、類まれなる才能を見せた故人。
『カイオス・レリュード』の名を。
「さすがに、皮肉だったな」
目を見開くしかなかった。――そんなティナに向けて、カイオス・レリュードは、――否、ダグラス・セントア・ブルグレアの化身は、無感動に言い放った。
超然としたその顔は、表情を変えようとしなかった。――恐ろしいほどに。
「あんた………」
震える喉を伝った声は、かすれ、裏返り、――かみ合わない歯を、しかし無理やりかみ締めて、ティナはやっと声を搾り出した。
「じゃあ…その、七君主の手下として――この時のために、ずっと、あの国に取り入ってたの?」
喉の奥が、熱い。
――何処かやっぱりよそよそしい所はあるからな。…常にいつ『左大臣』が抜けてもいいような選択の仕方をしてるよ。
「世界一の大国のてっぺんに、取り入って、ふんぞりかえって、あたしらみたいなのが石版持ってくるのをずっと待ち伏せしていたっていうの!?」
――だから、彼は、ミルガウスの人間なんですよ。
「ッ…!!」
ティナは、唇をかみ締める。
――違う。
あたしが、いいたいことは、こんなことじゃない。
こんなことじゃないのに!!
自分を落ち着けるように、ティナはゆっくりと息を吐いた。
精一杯の気持ちを込めて、紫の眼で、ひたと見据えた。
「あんたは…あの人たちを裏切って、どうとも思わないわけ!?」
「………」
必死に吐き出した言葉に、しかし、『カイオス・レリュード』は、肯定も、否定もしなかった。
見据えた瞳は、真冬の空にかかった冷たい月のようだった、その、――沈黙の深さも。
「っ…」
得体の知れない深淵に、ティナの背中を本能的な悪寒が走りぬける。
「ちょっと、何か、言ったら――」
瞬間だった。
不意に温かい風がふわりと後ろから吹き抜けて行った。
同時に、背後の遺跡で爆発的な魔力が発現した。
それは、街を一つ呑み込むいきおいの、暴発だった。
天まで届くのではないかと思われた魔力は、凄まじい早さで凝縮していく。
「え…?」
思わず、ティナは背後を振り返る。刹那、――
世界が、咆哮した。
■
「ゴメンネエ」
くつくつと、それは笑った。
「アノ方ヲ復活サセルニハ、生贄ガイッパイ、必要ナンダ」
かざした手から、あっさりとそれは解き放たれた。
膨大なエネルギーは、夜闇に尾を引いて疾走していった。
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