Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第六章 赫き贄は謳う 
* * *
――アレントゥム自由市 郊外『光と闇の陵墓』前



「…封印がやぶられてますわね」
 夜に彩られた藍色の世界、死と化した街を抜けた先の、郊外に佇む『光と闇の陵墓』。
 その、入り口に佇んで、艶やかな蒼い髪を後ろに流した女――ジュレスは、低く呟いた。
 街が崩壊してから、半刻ほど…。
 自身の結界で崩壊の衝撃をやりすごした彼女は、ひとつの確信をもってそこを目指した。
 アレントゥム自由市。光と闇の陵墓。
 イオスとカオスが果てた場所。
 唇に指を当て、思案するように沈黙する。
 つややかな姿態の中で、一際光を弾く碧眼が、数回瞬いた。
「これは…誰かが、中に…」
 言いかけた言葉が、
「!?」
 急に、途切れた。
「誰ですの!?」
 鋭い誰何が闇を裂く。
 同時にその場を飛びのいた。
 優雅に空を渡り、すっと着地する。
 胸元に握った短剣を構えて、口の中では詠唱を始める。
「遍(あまね)くしじまに佇みて 育む汝の 腕(かいな)より…」
 しかし、不自然に途切れる。
 闇を切って月明かりに現れた人影。
 それは、ジュレスと匹敵するほどの完全美を備えた、若い女の面影だった。
「な…」
 青銀の髪。碧色の瞳。
 『異民族』と称される、容姿の色を持って、現れた女は軽く唇を吊り上げた。
「こんばんは。いい夜ね」
 しかし、受け取りようによっては、これ以上皮肉なあいさつもないだろう。
 いましがた、アレントゥムは崩壊し人間がたくさん死んだ、こんな夜に限って――
「…あなた、こんなところに何の用ですの?」 形のよい眉をひそめ、慎重に切り出したジュレスと対照的に、異民族の女の方は、ごく軽く笑ってみせた。
「あんたこそ。まあ、多分目的は一緒なんだろーけど」
「………」
 明らかに、確信を持って紡がれた言葉。しかし、次の一言を、ジュレスは、少しだけいいあぐねた。
「あなた…『関係者』?」
「さあ、ね」
 あっさりと、はぐらかされた。
 その代わり、整った顔に、彼女は人間らしい笑みを浮かべる。
「ねえ、どうせこの中に用があるんでしょう? ご一緒しない?」
「そうですわね…」
 ジュレスはため息混じりに答える。
「私は、ジュレス。…あなたは?」
「ウェイ」
 そして、女たちは静かに笑いあった。
「じゃあ、行きましょうか」
「そうね」
 そして、二つの姿態は中の闇に溶けて行った。


――『光と闇の陵墓』 降臨の間



 その言葉を聴いた瞬間、ティナの思考が一瞬、止まった。
 さらりと頭に流れ込んできた。
 ――その言葉、たった一言の、その言葉に。

「七君主…?」

 気の抜けた声が、唇をすり抜けていく。

 『――昔…アクアヴェイルに、ダグラス・セントア・ブルグレアと呼ばれる男がいた。無属性魔法の権威であり、また、国内外からも、賢臣の誉れ高いと評判の男だった。
 しかし、ある時、彼の息子がシルヴェアへの人質として送られた。その息子は、不慮の事故で永遠に帰ってこなかった。
 息子の死を聞いた時、男は魂を悪魔に売り渡した。
 ヤツは、世界が滅びる事を願った。そして、自身の身に七君主を宿らせた。その上で、悪魔の術を使い、自身の身体を、分身とでも言うべき幾百もの『ダグラス・セントア・ブルグレア』として、大量に作り出した。複製、複写、模造――なんでもいい。命さえ操りうる魔界の文明の知識を持った七君主は、それらを大量に作り出した。
 全ては、この世を憎んだがため――。』

 ついさっき、カイオス・レリュードから、物語のように聞かされた話。
 しかし今、そんな実感のわかない、言ってしまえば空想の類とさえ思われるような『話』を…確かに裏付けるかのような、『現実』が、目の前に立っている。
 大きな違いだった。
 ある『事実』をただ『話』として聞くことと、それが現実として、実際に目の前に『在る』ことは。

「七君主…ほんと…に」
 搾り出す。
 体が、痺れたように、動かなかった。
 『彼』は、そんなティナに怪訝そうに首を傾げると、やがて納得したように、一つ首を前に倒す。
 どこか人形めいたしぐさが、そらぞらとティナの目に焼きついた。
「フフフ。マア ニワカニハ 信ジラレナイトハ思ウケド。…サッキ、『アレントゥム』ノ街ヲ滅ボシタノガ、僕ダトイエバ、信ジテモラエル?」
 どこか無邪気に言い捨てる存在に、ティナは思わず鳥肌が立った。
 目の前の男の言葉。それが事実か否か、ティナには測る術はない。
 だが、男から感じる、圧倒的な魔力のけはい。どこか超然とした態度。底知れぬ不気味さ。
 ただものではないことだけは、確かだった。
 この場合は、信じるしか、ないのか。
 それでいて、『町ひとつ』滅ぼした――幾千万の屍を一瞬で築いたことに、虫けらを踏み潰したようにしか感じていないような、そんな、口調ときた。
 思わず肩を抱いた。声を励まして相手を見据える。
「…随分と性格最悪ね。さっすがあいつと同類だけあるわ」
 ただし、こちらの方がカイオス・レリュードの何千倍もタチが悪いが。
「何、じゃああんたなの? 『ダグラス・セントア・ブルグレア』に取り付いて、ろくでもないことしようとしてる、七君主ってのは…」
 震えを押し込めて、そう言い放った。
 相手は、怪訝そうに首を傾げる。驚いた表情は、陶器の人形のようだった。
「? ナゼ タカガ人間ガ ソノコトヲ知ッテ…。…アア『失敗作』カラ、何カ聞イタノカナ? アノ バカ…足止メニモ ナラナイ」
「失敗作?」
 聞き取りにくい発音に、眉をひそめながら、ティナは聞き返す。
 すべての生きるものから恐れられるといわれる、負の集大成『七君主』に向かって、随分マヌケなことをしているものだという自覚はあったが、思わず飛び出た言葉は取り消しようもなかった。
 固唾を呑む間もなく、だがあっさりと、『七君主』は答えを返してきた。
「『ミルガウス』ニ『逃ゲタ』ヤツダヨ。オ嬢サン」
「…逃げた?」
 意外な言葉に、ティナはまたも思わず聞き返す。
 ひょっとして自分はかなり大物なんじゃと思う。
 相手はくどいが、七君主なのだ。
 対話が成立する相手ではないのに。
「アア」
 『七君主』も『七君主』で、律儀に言葉を返してきた。
 強大な高位魔族である七君主にとっては、ティナなど冗談抜きで『目をつぶっても』殺せる存在に過ぎない。
 いつでも殺せるその余裕からか、…『それ』は面白い事を話す時のようにおどけて首を傾げてみせた。
(うわ…)
 ティナは思わず呻く。
 見た目は『カイオス・レリュード』なので、おどけたりにたにた笑ったりされると、はっきり言って、不気味な事この上ない。
(きついな…ー)
「ソンナニ 僕ッテキツイ カナ?」
「!?」
 胸中をぴたりと言い当てられて、ティナはびくりと震えた。
 そうえば、高位の魔族は、実態としては限りなく精神体に近いので、…人間の思考や感情なんかも読み取ってしまえるのだった。
(うわ…どうしよ…)
 一瞬、覚悟を決めたティナだったが、
「マ ソンナコト イッカ」
 あっさりと流して、七君主は肩を竦めてみせた。

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