Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第六章 赫き贄は謳う 
* * *
――アレントゥム自由市 郊外



「えっと…じゃあ、つまり、けっきょく…石版を盗んじゃったり、いろいろあったけど、…今はカイオスはいーひとってこと? で、石版を使って変なことしようとしている人を止めるために、遺跡に行かなきゃいけないってことなんだよね! んで、ティナはもう先に遺跡の中に入ってるんだね!!」
 走りながら手短に事情を説明し終えたカイオスに向かって、クルスはぱっと顔を明らめた。
 隣のカイオスに同意を求めるように、首を傾げる。
 一方のカイオスは、いまだに目を覚まさないアベルを抱えながら走っているのに、息一つ乱していない。
 むしろクルスの方が追いつくので精一杯だった。
 二人は、地獄のような市街地を抜け、街の外れにさしかかっていた。
 そこは既に、街を守る城壁も、民家の跡すらない。
 ただ、視界の先に、月夜に見守られた『光と闇の陵墓』が忽然と立っていた。
「…まあ、そんなところだ」
 クルスの理解力の程度は承知しているらしく、カイオスはそれ以上言わなかった。
「うにゅ…」
 首をかしげながらも、クルスは黙って付いていく。
 二人の足は、止まらない。
 ぐんぐんと近づく『光と闇の陵墓』に、クルスは無意識に息を呑んでいた。
 イオスとカオスが、互いに刺し違って、果てた場所。
 その、歴史が感じさせる不気味な重圧が、クルスを圧倒した。
 しかし、カイオスが王女を抱えたまま遺跡に入ろうとするのを見て、慌てて声を上げる。
「ねえ!!」
「どうした?」
 うるさそうに振り返る青年に、クルスは懸命に待ったをかける。
「アベルを連れて行く気!? いくらなんでも、オレ二人は守れないよ!! 遺跡には、魔族がいるし、何があるかわかんないし!!」
「必要ない。ここにおいていくほうが、問題がある。戦闘は、両足が使えればなんとでもなる」
 あっさりと切り返したカイオスに、クルスはしばし呆然とする。
「…え、両足って…。ひょっとして、カイオス、戦えるの?」
「戦えないといった覚えは一度も無いが」
 訝しげに聞いた少年に向かって、無情にも淡々と言葉が降る。
 クルスはしばらく考え込んでいたが、その意味を悟ると、ふさふさの髪を逆立てて、飛び上がった。
「!? た、戦うとき、怖いけど我慢して言ってたのも、ウソ!?」
「…だから、いつ俺が、戦いが怖くて震えるなんて言ったんだ?」
 時間がない、行くぞと中に踏み入れたカイオスは、さっそく襲ってきた下級魔族を、文字通り、左足一本でふっとばす。
並みの人間だと、腕の一振りで頭を砕かれてしまいかねない、腕力をもつような魔物を、一撃で。
 そして、その動作には無駄の欠片も無かった。
 ましてや、アベルという、戦闘においてはお荷物になってしまう人一人の体重を平気で負いながら、それを全く問題にしていないのだ。
 洗練された、ほれぼれするような軌道だった。
「ひょっとして…オレより、強い?」
 クルスはぼうっとしたままその光景を見つめていたが、やがて力なく、ふるふると首を振る。
 それは、少年なりにどこか悟った感じをにじませていた。
「…。ううっ…オレ、分かったよ…。こーゆうのを、詐欺って言うんだね…」
 ひどいや…、と唇を尖らせたクルスに、
「知ってるか? ガキ」
 身も蓋もない調子で、下級魔族をふっ飛ばしながら、カイオスが声を掛ける。
 何さ、名前で呼んでよ〜、と上目遣いに見上げた先で、
「詐欺は、だまされるほうが悪いんだぞ」
 冗談か本気か読めない顔で、彼は淡々と言い切った。
「ううっ…」
 クルスは、頬を膨らませて、すっきりしないまま戦いに集中していった。


――『光と闇の陵墓』 降臨の間



「ソウソウ、『失敗作』ガ何デ逃ゲタカ、トイウ話ダッタネ」
 こわばった表情を隠せないティナに向かって、七君主はくつくつと笑った。
「君ハドコマデシッテルノカナ…。フーン。モウ僕ガ 石版ヲ『何デ』集メテイタノカモ 知ッテイルノカ」
 思考を読まれたのか。
 あっさりと言い当てられて、ティナはぞっとしなかった。
 頭の中を覗かれるのは、あまりいい気がしない。
「ゴメンゴメン」
 感じた嫌悪に対してだろう、――はかったように放たれた謝罪にも、寒気がした。
 一緒にいればいるほど、不快な気持ちがわいてくる…こんなことは、初めてだった。
 そんなティナの胸中には、もう構わずに、七君主は話を戻す。
「彼ハネ…セッカク僕ガ 作リ出シテヤッタノニ、逃ゲタ。逃ゲ出シタンダ。僕ノモトカラ。ダカラ 僕ハ タクサン、追ッ手ヲムケタ。ダガ、ヤツハ ソレヲスベテ殺シテ生キ延ビタ。同胞殺シ。ソシテ、逃ゲ延ビテ『ミルガウス』ノ『左大臣』ニナッタノサ」
「え…」
 ――『逃げた』? 『同胞殺し』?
 カイオス・レリュード自身から聞いた話から受けた印象とは、違うことを話されて、ティナは混乱した。
 七君主の言っていることが、本当という保証もないのだが、嘘を言っている感じでもない。
 ティナは、カイオスが自らミルガウスに取り入って、石版を盗み出す機会をうかがっていたように思っていたのだが、違うのか…?
「それって…じゃあ、あいつはどーして今さら、あんたの言うなりになってるのよ!?」
 声が上ずる。
 相手は出し惜しむ様子も無く、言い捨てた。
「ソレハ、僕ガオ願イシタカラダヨ」
「お、お願いって…」
「『コノ国ノ石版ヲモッテコイ。確カニ僕ノトコロヘ 石版ヲ持ッテクルコトハ『世界』ガ崩壊スルトコニツナガルケド、――モシモ 持ッテ来ナケレバ、『ミルガウス』ヲ滅ボスヨ』ッテ」
「!?」
「今カラ思ウト コノ方ガ都合ガ 良カッタカナ。簡単ニ石版ガ 手ニ入ッタ」
 目を細めて歓びの表情を浮かべる七君主に、ティナはさっと熱い怒りが通りすぎたが、同時にどこかで安心した気持ちもあった。
(あいつ…ミルガウスに取り入ってた、とかそういうわけじゃなかったんだ…)
 よくよく思い出せば、カイオス・レリュードと対峙したとき、彼はこうも言っていた気がする。

――………もし、石版を七君主に渡さなかったら、『こう』なったのは、ミルガウスだった。

 それは、彼なりの本心だったのかも知れない。
 彼は、本当にミルガウスを思っていたのかも、しれない…。
 しかし、その思いをかみ締める間もなく、ティナの耳に次の言葉が刻まれた。

「サテ――オ嬢サン」

びくりと、体がはねた。
「あ…」
 急に温度が下がった、気がした。
 さっき感じた安堵も、思い浮かんだ思いの切れ端も、全て散り散りになっていった…。
 七君主は、不気味に微笑んでいた。
「ソロソロ、オ話ハ終ワリニシヨウカ。君ハ知ッテルヨネ…。『僕ガ何ヲシタイノカ』」
 唾を飲み込む。
 呼吸を落ち着ける。
 だが、すべてが無駄だった。
 体が震え、足が崩れそうになる。
 一気に本性を現せた七君主の、静かな狂気が、ティナをじわじわと締め上げていた。
 部屋の空気が氷となって、足元からティナを犯していくようだった。
「な、…何が、よ」
 震える歯をかみ締めて、彼女は言い返す。
「フフフ…」
 金の髪をゆらゆらと揺らして、七君主は笑った。
 赤い目が三日月の形をしていた。
 血の海を思わせる表面に、汗を浮かべたティナの姿が映る。
「僕ハ、石版ヲ持ッテ来サセタ。生贄トスルタメニ、『アレントゥム』ヤ『国境近クノ村』トカ…タクサンノ人間ノ血ヲ流サセタ。全テハ、『アノ方』ヲ復活サセルタメ…。光ト闇ガ砕ケ散ッタコノ場所デ、『アノ方』ヲ復活サセルタメ…」
 くすくすと、目を伏せる。
「僕ニ身体ヲ貸シテクレタ、コノ人間ハ、感謝シナイトネ」
「っ…!!」
「『アノ方』ノ復活ニハ、『七ツ』ノ石版ガイル。ソレデ完璧ナ降臨ガ実現スル。女、」
 七君主は最後の言葉を、血のような赤い唇に乗せた。
「オ前ノ石版ヲ…、ヨコセ」

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