――アレントゥム自由市外部 キルド族野営地
それは、混沌とした濃紫色の闇が、一瞬で真昼の光に包まれたかのようだった。
「!?」
夕刻街に着いたものの、内側から結界を張られて仕方なく外で野宿をしようとしていた人々は、呆然と、その発現を見ることとなる。
顔を背ける時間も与えられないまま、人々は呆然とその瞬間を受け入れた。
昏々と沈んでいた火の赤さえも圧倒的に包み込んで、刹那の白光が全ての影を飲み込む。
まばたきの間。
凄まじい速さで収束した光は、強大なエネルギーが解き放たれたときのように、彼らが昼間締め出しをくらったその町に、音もなく吸い込まれれて行った。
「な…」
悲鳴ではなく、脱力の呟きだった。
瞬間。
「!?」
吹き飛ばされた町の残骸が、突風の轟音と共に彼らに向かって吹き飛んできた。
慌てて我に帰る人々が次の動作をする前に、自由市はばらばらと崩れ去って行った。
■
――アレントゥム自由市大通り
「…」
人、一人いない大通りを優美に下っていた美女の脚線が止まった。
「きますわ」
何か、啓示を得たように空を見上げる。
ジュレスのその唇が次の音を生み出す前に、世界が白に包まれた。
■
――アレントゥム自由市 波止場海賊船
「ジェーン、メシは…」
厨房の扉を、何気なくロイドが開けようとした瞬間――
「――伏せろ」
不意に、ローブの青年が鋭く囁いた。
黒髪の将軍だけでなく、ベアトリクスやロイドまでもが怪訝そうに首を傾げる。
「おーい、フ…」
「いーから!」
ロイドを遮る言葉が完全に吐き出されないうち、
「!?」
船内が光に包まれ、間髪入れず、船体が横転した。
■
――アレントゥム東大通
「…」
その瞬間を、青銀髪の美女――ウェイは静かに受け入れた。
「これから始まるのね」
呟く言葉は、続く風の唸りに攫われていった。
端正な肢体を結界の光が包み込んだ瞬間、衝撃が地軸を揺らした。
■
夕食を済ませた直後だった。
クルスと共に自室に戻ったアベルは、突然ふと虚空を見上げた。
心なしか、焦点が合っていないようにも見える。
「来る」
「え?」
問い返す暇も無い。
次の瞬間には王女の身体は崩れ落ちていた。
「アベル!? ねえ、しっかり…」
抱きとめたクルスが揺さぶるが、返事はない。
困りきった顔が、しかし突然、様相を変えた。
「…」
険しい顔で、目を閉じる。
「アニキ…あんたも、どっかでこれを体験してんのかな」
呟きの後の、魔法の詠唱。
途切れた刹那、白光が眠る街を薙いだ。
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