Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第六章 赫き贄は謳う 
* * *
――アレントゥム自由市 市街



 遠目に滅ぼされた街は、死に絶えた残骸といったように見えたが、だんだん近づいていくにつれ、濃厚になる、血臭、そして、死臭。一歩街に踏み込んだ瞬間、そこには半端な『残骸』の転々と広がる、生き地獄が、待っていた。

「………」
 カイオス・レリュードは、その中を淡々と進んでいった。
 さきほどから爪の食い込んだ手からは、いい加減血が滲んでいたが、その顔は、端正な相好を崩そうとしなかった。
 ただ、映し込んでいた。
 その青の眼に、崩れ落ちた自由市のなれの果てを。
 火に蹂躙されたわけではない。
 水に流されたわけでもない。
 地震が起こったわけでも、竜巻に攫われたわけでも。
 『どうしようもない』、天災が引き起こした惨劇ではない。これは、人災だ。明らかに。
「…」
 一歩間違っていたら、『アレントゥム自由市』ではなく、『ミルガウス』がこうなっていた。
 それは、理由にならない。あの女に言われるまでもなく、そんなことは承知している。
(…いや)
 ふと、彼は考えを改めた。
 七君主は、確か、こう言っていた。
 ――カオスを復活させるのに、魔の通り道がいる。壊して来い。
 『魔の通り道』――それは、『天と地と地』が、精神的にただ一点で交わる場所。――ミルガウスの鏡の神殿を意味する。
 おそらく、今頃は別の『ダグラス・セントア・ブルグレア』が、ミルガウスを襲いに行っているのだろう。自分と同じ姿形をもった…――。
神殿を襲い、魔の通り道を作る。そして、強大な負の瘴気にさらされたミルガウスは………――。
あの七君主は、石版を持ってこなければミルガウスを襲うといったが、石版を持ってくれば、ミルガウスを襲わないとは言わなかった。確かに。

――国を見捨てるおつもりですか?

「………」

――所詮はよそ者か…。

「あんたの言った通りになったな。補佐官」
 口の中ではき捨てた悪態は、音をなさなかった。
 そして、全てが終わったとき、多分自分はあの国には帰らない…。
 あの時感じた、確信めいた予感を、ただかみ締める。
 ふと、泣き声を聞く。
 視線を無情に転じると、道の脇に女の子が転がっていた。
 母を求めて叫ぶ血まみれの身体は、半分失われていた。
「………」
 カイオス・レリュードは、無表情に視線を改めた。
 そして、淡々と地獄を進んでいった。


 ミルガウスの鏡の神殿を滅ぼして来い。
 そして、魔の通り道をつくり、魔王の魂をお導きしろ。

 『主』の放ったその言葉に従うのに、『ダグラス』がためらう理由は無かった。
 狂った魔法学者が、自らの身に七君主をまとわせて、願った事。
 世界の滅亡。
 そして、魔法学者のそのあまりにばかげた願いを実現するために、魔法学者を乗っ取った七君主は、あまりにばかげた児戯をやってのけた。
 自分の手足、分身となる意思をもった『人間』を、たくさん『作り出す』こと。

 ――しかし、いくら七君主の力をもってしても、人間に取り付いたため魔力が落ちたせいか、作り出した『人形』に『意思』を持たせることには、かなり手間取った。
 そして結局、数百にも及ぶ作られた『ダグラス』の中で、意思を持ったのは、たったの二人。

 それは、――選ばれた存在だった。
 そして、何より、どの人形よりも、あの方の――七君主の力にならなければいけない立場だった。
 なのに、なのに、だ。

(『あいつ』は裏切った)

 唇をかみ締めて、『ダグラス』は、唸った。
 理解不能だ。
 自分よりも能力の劣る『失敗作』くせに。

 七君主を裏切り、
 ミルガウスに逃げ込み、
 そして、結局戻ってきた…

(いい気味だ)

 ほくそえむ。
 そのとき、主の命に従い、ミルガウスに向かうために使った空間魔法…――彼を運ぶ空間が、たわむように綻びた。
 空間魔法。
 彼が…――『ダグラス』が、七君主の元において『成功作』となり得た力。
 魔族や、天使。
 選ばれた種族しか使えない究極の魔法…――

「………」

 ある一点の力場に意識を集中して、ダグラスは、術を解いた。
 空間を渡るときに身体をまとう結界が、花びらがほころびるように溶けて行く。
 幻想の異空間が、急激に重力を帯び、『ダグラス』は一瞬よろけるようにして、地面に着地した。

――そこは、ミルガウスの鏡の神殿だった。
 静かに眠る緑、暗黒の腕に包まれて、忽然と佇む神殿。
 天と地と地の交わる地。

 ここを壊せば、――カタが付く。
 『天界』『地獄』そして、『地上』…――三世界が交わるこの、均衡の一点を壊してしまえば、そのバランスは崩れ、一気に魔族が流入し――同時に、流れ込む強大な瘴気に支えられて…――
 今宵、幾千万、幾千万の生贄を捧げられた魔王は、強大な負の力の器である石版をよりどころにして、復活する。
 そして、狂った魔法学者の夢は、実現する。

 ここを壊してしまえば。

 こんなにも、あっけなく…――

「………」
 『ダグラス』は、静かに腕を振り上げた。
 そして、詠唱を唱え始めた。
「集い集えよ正邪の…」
 瞬間、
「誰だ!?」
 闇の奥からの、声。
 気付かれたか。
 とっさに気配を感じ取ったが、その数は一人。
 武人の雰囲気をまとった人のよさそうな男が、やがて影を切り取って現れる。
「………」
 『ダグラス』は、無言で睥睨した。
 適当に相手をして、すぐに殺すつもりだった。
 仲間を呼ばれては、まずい。
 慎重に、しなければ…
「………」
 しかし、相手からの呼びかけも、ない。
 不思議に思ってちらりとそちらを伺うと、心のそこから驚いたような顔で、口を半開いていた。
 それが、震えるように、音をなす。
 胸元の竜をかたどったペンダントが、かちゃりと音を立てた。
「…カイオス…どうして、お前、ミルガウス(ここ)に…」
 その言葉が、『ダグラス』の口の端を、残酷なほどゆがめた。
(そうか…)
 『失敗作』、お前の、仲間か!
「戻って、来たんだ」
 にたりと笑って、『ダグラス』は、手を広げて見せた。
「ミルガウスを滅ぼすためにな!!」

 抜刀の剣閃が、眠る虚空を裂き、次の瞬間、二つの影は競り合っていた。

* * *
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