Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第六章 赫き贄は謳う 
* * *
――ミルガウス『鏡の神殿』



 石版が盗まれたこの状況下で、鏡の神殿の周辺を無人にしておくほど、ミルガウスもバカではない。
 しかし、国民はおろか、城の人間にもほとんどそのことを伝えていない状況だ。
 よって、右大臣サリエル自らが、信頼の置ける人間数人とともに、夜警に当たっていたのだが…。

(何たって、カイオスが!?)
 いきなりの抜刀ざま、競り合いを挑まれて、サリエルは混乱する。
 彼が一人でこんなところに居るのも謎だったし、その彼がミルガウスを滅ぼすと言って、にたにた笑いながら斬りかかってくるのは、むしろ不気味だった。
 しかし、その混乱も、相手の剣技に自然に引き締まる。
 ――強い。
 だが。
 ――ヤツの剣じゃないな。
 サリエルはあっさりと断じる。
 彼自身、手合わせの経験から知っていたのだが、カイオス・レリュードの剣は、もっと性質(タチ)が悪く、しかも無駄が無く、さらに横着だ。
 間違っても、競り合って体力を使うような戦い方はしない。
(…となると)
 双子の弟とかか?
 彼は、ふと思いついてみる。
 何せ、本名や出自からして謎の人物だ。そんなものがいてもおかしくはない。
 しかしなぜ、カイオスの双子の弟が突然こんなところに現れて、しかもその彼とサリエルがタイマンをする羽目になるかは、ほとほと分からなかったが、その『弟』のこぼした不吉な言葉だけが、サリエルを悩ませていた。
(ミルガウスを、滅ぼすだって?)
 冗談も、いいところだ。
 本気で、一人で、この国をなんとかできると思っているのか。
「…」
 しかし、相手の放った鋭い一刀に唇を引き結ぶ。
 いまいち釈然としないことだらけだが、考え事をしながら戦える相手ではないという事だけは、明らかだった。
 一旦弾きあった剣は間髪入れず再びかみ合う。
 鋼のぶつかる音は闇に紛れ、生まれる火花が互いの顔を一瞬一瞬、浮かび上がらせた。
 その、鋼の音に紛れて、小さな声での詠唱がサリエルの耳を掠ったのは、大分経ってから。
(しまった!)
 剣撃の激しさに、それに気付けなかった。
 思わず集中が乱れる。
 それを見逃さず、相手は懐に飛び込んできた。
「ぐっ!?」
 当身を食らわされて、たまらず吹っ飛ぶ。
 地面を転がった体を、起こすよりも先に、
「出でよ。水龍」
「何!?」
 魔法が発動し、神殿が魔力の光に呑み込まれる。


――アレントゥム自由市『光と闇の陵墓』



「来タ」
 遺跡の中で、七君主は、ほくそえんだ。
 終に、来た。
 できた。
 ミルガウスか鏡の神殿から。
 魔の、通り道。
「ネエ、『ベリアル』。君モ 感ジルダロ? 強大ナ負ノ力ガ流レ込コンデ来ル事」
「ええ、そうね」
 赤髪の少女――レイザを傍に従えた、黒髪の少女カオラナは、唇を艶やかに上げて頷いてみせた。
「他ノ『七君主』モ、クレバヨカッタノニ…」
「無理でしょう。カオス様の魂と同化したり、眠ってしまっているのもあるもの…」
「ケレド、『カオス』ガ目指メサエ スレバ…」
「そうね」
 じゃあ、最後の仕上げと行こうか。
 と、まるで食後にデザートを食すような調子で、七君主は肩を竦めた。
 そして、そんな二人の『七君主』に囲まれて、一人、レイザは、身体を震わせていた。
 蒼白の表情は、揺らがなかった。
 激怒を超えた無表情…――凄絶に耐える彼女に、『彼ら』は目もくれない。
「ジャア、降臨ノ間ヘ…」
「そうね」
 二人は、連れ立って、部屋を出て行こうとする。
「ごめんなさい…」
 その背中を見つめながら。
 口の中に、レイザは落とした。
「ごめんなさい…止められなくて、ごめんなさい…」
 その時、不意に一方の七君主が振り返って、彼女は肩を震わせた。
「な、何か…? 『カオラナ』さま」
 恐る恐る問うと、「ネズミが一匹入ったようね」
 虚空を見つめたまま、彼女は答えた。もう一方が後を引き継ぐ。
「…『ダグラス』ジャナイ。…人間…女、カ」
 二人、虚空を見上げて、眉をひそめている。
 レイザには、想像を絶するところで、二人の七君主は、何かを感じ取っているようだった。
 さしずめ、七君主の手の者でない人間が、遺跡に誰か侵入した、と言ったところか。
(でも誰が…)
 胸の中で呟いたのと、
「…会ったことあるわ、一度」
 彼女の主である『七君主』が呟くのは同時だった。
「ホントウカイ?」
「ええ。ミルガウスの城で、一度。レイザがすぐに連れて行ってしまったけど」
 その、言葉にレイザは今までとはまったく別の感動で胸が躍った。
(ティナ!?)
 ミルガウスで会ったのは、石版が盗まれた翌日。早朝。
 迷ったティナを連れて城門まで行った。
 その時、危うく七君主であるカオラナにつかまりそうになったので、慌てて去ったのだが…、七君主の方は覚えていたらしい。
(でも、どうして?)
 どうして、彼女が?
 不思議に思う一方で、場違いな期待に胸が膨らんでしまう。
 彼女が…何らかの事情で、街の崩壊から免れて…事情を知って…取り戻しに来たのかもしれない。
 石版。
 そして、それを使ってなされる最悪の儀式を止めにきてくれたのかも…。
(そんな…ことって…)
 つい興奮する自分をなだめながら、それでも頬が熱くなっていく。しかし、そんな彼女を、絶対零度に突き落としたのは、次の七君主の言葉だった。
「彼女…石版ヲ持ッテ来テル、ミタイダネ。感ジルヨ…石版ノ波動」
「最後の、ひとかけら?」
「ソウ。『失敗作』ノ言ッテタノトハ、計算ガ合ワナイガ…。マア、ナンニセヨ、丁度イイ」
 にやりと笑った、七君主の笑みに、レイザは心臓をわしづかみにされたようだった。
 自分に向けられた、殺意でもないのに。
(ティナ…)
 あんたってやつは、よりによって腹の空いた虎の穴に、裸でとびこむよーなまねを…!
「ボクガ 相手ヲスルヨ。一人デ十分サ」
「あら、そう」
 君は顔が割れてるみたいだしね、と。七君主は笑う。
「ソレニ、ソコノオ譲サン モ」
「………」
 赫い目で嘗めるように見つめられて、レイザは硬く表情を保つしかなかった。
 そして、彼女の恋慕の人と同じ容姿を持った七君主は、音も無く、部屋の外へと消えていった。


――ミルガウス『鏡の神殿』



「…ちっ」
 『ダグラス』は、思わず舌打ちした。
 鏡の神殿をぶっ壊して、魔の通り道を造る。
 そのために、眼前に現れた男を突き飛ばして、発動させた魔法。
 鏡の神殿ごと地面を抉り取る事のできるほどの、威力は持っていたはずだったが、さすがに、魔法大国と謳われたミルガウスの、鏡の神殿に張られた結界は、並み大抵のものではなかったようだった。
 衝突した結界と破壊の魔法は、ちょうど相殺する形で沈黙した。
 それでも、衝撃の余波を受けたか、神殿は半壊。
 あふれ出るどす黒い瘴気は、じわじわと肌で感じられるほど濃厚になっていくが、しかしそれでも、『ダグラス』が狙ったほどでもなかった。
 ――失敗、だ。このままでは。
「………」
 すぐに次の詠唱に取り掛かろうとした彼の動きを止めたのは、先ほど吹っ飛ばした黒い髪の男だった。
「!?」
 信じられない速さで、体ごとぶつかり、『ダグラス』を自分ごと地面に押し倒す。
「っ…ちっ」
「賊だ!」
 『ダグラス』の舌打ちと、男が…――サリエルが声を張り上げるのは同時。
 それを皮切りに、一気に辺りが騒がしくなる。
 大勢が地を蹴って駆け寄ってくる音。
 身を起こそうにも、自分の上になったサリエルに邪魔をされて、思うようにいかない。
「ちっ!!」
 再び舌打ちして、『ダグラス』は素早く呪を詠唱する。
 その間にも、近づいてくる気配。
 それがいよいよ間近に迫ってきたとき…――
「空間転移!」
 彼は魔法を発動した。
 たちまち、自分の体が魔力の結界に包まれ、空間魔法特有の奇妙な浮遊感がまとわりつく。
 身体にのしかかっていたおもりが消え、やっと『ダグラス』は、額を拭って息をついた。
「…」
 あの調子だと、空間を使ったとしても、神殿の近くまで気付かれないようにするのも難しいだろう。
 一旦、退くしかないか。
「…アレントゥムへ」
 口の中で呟いて、彼は、空間の制御に意識を集中した。

* * *
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