Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第六章 赫き贄は謳う 
* * *
――アレントゥム自由市 宿



「…収まったみたいだね…」
 崩壊をする街が、不気味に静まり返ったのを確認して、クルスは自分の周りにまとっていた結界をといた。
 崩壊の直前、眠るように意識を手放したアベルを抱えっぱなしだったので、いい加減に腕が痛い。
 身体をゆっくりと横たえて汗を拭うところに、気配が近づいてくる。
 反射的に構えるが、やがてそれが誰か悟った瞬間、飛び上がるように弾んだ。
 金色の髪、青い瞳。それは…。
「カイオス!」
 思わず、大きな声を上げる。
 黒い目を輝かせ、ぱっと顔を明るくしたクルスとは正反対に、カイオス・レリュードはどこまでも無表情だった。
 端正な顔が腫れているが、さっきの崩壊でどこかにぶつけたのだろうか…? 思い切りぶつかったらしく、随分と痛そうだが。
「良く無事だったね! ティナがカイオスを探しにさっき出て行ったけど、あってない? 大変だったね、顔、腫れてるけど、怪我は大丈夫…」
 一気に喋るクルスの言葉をいっそすがすがしいほど流して、瓦礫の中を危なげなくたどり着いた彼は、地面に横たわるアベルをちらりと一瞥して、クルスに向かって淡々と言った。
「…死んだのか?」
「!?」
 唐突な言葉に、クルスは体ごと飛び上がる。
 それがアベルのことを聞いているのは、クルスと言えども分かった。しかし、いきなり死んでるかどうか当たり前のように尋ねるなんて。
 ぶんぶんと首を振って、驚いて否定する。
「ち、違うよ! さっき気絶しちゃったんだよ! ちゃんと生きてるよ!!」
「…そーか」
 さすがにしぶといな、と青い目を細め不謹慎にも呟いたカイオス・レリュードは、どこか呆れた風だ。
 無表情は相変わらずだが、そこに何か先ほどまでとは違う感じを受けて、クルスはただ首をかしげた。
 少なくとも、さっきまでなら…――王女に対して、呆れたような顔は、しなかった。決して。
(…どうしたのかな)
 思うが、多分口に出しても答えてくれそうに無いのは分かったので、黙っている。
「…ねえ、ティナは、大丈夫かな…」
 その代わりに出した不安には、意外なことに、あっさりと反応が返ってきた。
「少なくとも、生きている」
「え…」
「町外れの廃墟にいる」
「…」
 その言葉に、クルスの目が細まる。
「光と闇の陵墓…」
 呟いた声はクルスの声にしては、あまりにも暗かった。
「…」
 それを黙って聞きとめたカイオスは、暫く沈黙をはさんでから、言葉を紡ぐ。
「…どうする。行くか?」
「え、でもアベルは…」
「連れて行っても、多少は問題ないだろう」
 光と闇の陵墓は、未知の魔物でいっぱいと聞く。
 そんなところに王女を連れて行くと言い切った彼に、クルスは目を見開いて、ただびっくりした。
 今日の夕方、魔物に街が襲われたとき、姿を消してしまったアベルを探すよりも、街の魔族を一掃することを優先したティナとぶつかりあったのは、本当についさっきなのだ。
(…頭…うっちゃったのかなあ…)
 失礼極まりない妄想を膨らませる。しかし一方で、
「…うん…カイオスがそーいうんならいいんだけどさ」
 言葉ではそういった。
 ふっと、その瞳が細まる。
「だけど、いくらオレがバカでガキだからって、言いたいことは、いっばいあるよ。ティナは、カイオスを疑ってた…。カイオスを追って出て行って、そのあと街がこんなことになって…今は、光と闇の陵墓にいる。それって、カイオスはティナとさっきまで一緒にいたってことだよね? どういうこと? …いくらオレだって、変に思うよ…」
 ゆっくりと、青い目を見てそういうと、視線を静かに受け止めて、カイオス・レリュードは少し黙った。
 はぐらかすのでも、受け流すのでもない。
 本当に言うべき言葉を選ぶように彼は間を置いて、やがて、地面に横たわったアベルをかかえあげた。
「…カイオス!!」
 やはり、何も語ってはくれないのか。
 思わず声を張り上げたクルスに対して、カイオスはあごで破壊された街の、その向こうを指し示す。
「…行くぞ。話は、走りながらでもできる」
「………」
 とまどったのは、一瞬だった。
 クルスも静かに頷いて、二人は走り出した。


――アレントゥム自由市 光と闇の陵墓



 首に当たる冷たい感触が何か悟った瞬間、ティナは口を押さえる手を振り解いて、しかしその反動で勢いよく床に転がった。
「くっ!!」
 背中が石を擦り、熱が走っていく。
 その真上を剣が薙いでいったのを風圧で感じて、頭を悪寒が通り過ぎた。
(落ち着け!!)
 自身に言い聞かせて、剣を構える。
「命の灯よりもなお赤く…」
 呪文を紡いでいく。
 その瞬間、突然目の前に剣があらわれた。
 反射的に悟る。
(空間魔法!)
 高位の魔族しか使えない、反則すれすれの超魔法。
 空間を渡る術。
 問題なのは、何せどこから出てくるか分からないことか。
「ちっ!」
 とっさに身をかわして、彼女はだが唇を嘗め上げた。
 せっかく積み上げた魔力が再び、ちりぢりに散ってしまう。
 だが、ティナは構わなかった。
 この手の魔族には、『アレ』が一番効く。
「上等! 属性継承者を、嘗めないでね…」
 その間に魔族は、空間に身を紛らせて姿を隠している。
 だが、ティナを狙っている以上、――必ず、この近くに、居る!
「焼ききれ!!」
 かっと眼を見開いて、ティナは叫んだ。
 呪文ではない。
 ただの、恫喝。
 一瞬の静寂、直後、後ろに気配が現れる。
 背後で、魔族が自分をバカにしたような表情をしているだろうことを、ティナは手に取るように頭に描く。
 高位の魔族ならばともかく、…たかが人間が、単に叫んで魔法が発動するなんて、ありえない。
 何て、バカな人間だろう…と。
 だが、果たして泡を吹くのはどっちか。
 ティナは薄く笑った。
 剣が大きく振りかざされるのが分かる。
 避けようもない間合い。避けようもないタイミング。
 剣圧が風となって背中に吹きつけてきた瞬間、――

 ごぅ…

 魔力が――遺跡の中に充満する空気が、猛った。
 無から微かな有が生まれた瞬間、崖に立たされた人間があと少しの衝撃でバランスを失うときのように…――急激に、力場が変容した。
 膨張していく気圧。
 狭い空間に突風が渦巻く。
「な、何…!?」
 魔族の叫びごと飲み込んでいくように、小さな点からティナの呼びかけによって一気に噴出した紅蓮の炎は、全てを焼き尽くす劫火を思わせる熱と光を放ちながら、一瞬で廊下を吹き抜けると、陽炎を立ち昇らせながらゆらりと消えていった。
 ティナと、背後の魔族をさらって。四方の石壁に、黒い跡をくっきりと残し。
「…なんで…」
 そんな、声が響く。
「なぜだ…な、ぜ、人間に、『空間』が、焼ける…!?」
 ティナが振り向くと、剣を掲げたその姿勢のまま、魔族が息絶えるところだった。
 ところどころ焼かれた中から黒い亀裂が走り、裂けた箇所からばらばらと瓦解していく。
 赤い眼が恨めしそうにティナをにらんで…
「………!!」
 ぱりん、と陶器が割れるような音を残して、魔族は空に解けて行った。
「…ふぅ」
 一方のティナは大きく息をつく。
 自分で操った炎は、思ったほどティナを蝕まなかった。
 軽い火傷が、手足に少々。あれだけの熱気にさらされてこの程度で済めば、上出来か。疲れがどっと溜まったが、走れないほどではない。
「残念だったわね…」
 今はもう、魔族の消え果た虚空に向かって、紡ぐ。
 空間を操ることのできるのは、高位の魔族たちの特権。
 だが、その昔天地大戦で滅んだ、その『高位魔族』『高位天使』たちの『属性』を受け継いだ『属性継承者』ならば…。そんな『特権』を操ることも、不可能なわけじゃない。
「あたしの、『火』は、あたし自身には効かない…。呪文がなくたって出せるし、空間も、焼ける…」
 こんな炎普通の生身の人間が受けたら、速攻黒こげだ。
 だが、『属性』に認められた『属性継承者』であるティナには、炎の類はある程度効かないのだ。
 ただし、非常に疲れるので、あまり連発のできない類の魔法ではあるが。
「…あー、疲れた」
 ため息をついた、時。
「…」
 ふと、嫌な予感が過ぎって、ティナは顔を上げた。
 こんな狭いところで魔法を使うと、もちろん辺りに反響するし、気配だって、もろばれなわけで…
「…見つかっちゃった…?」
 廊下のこちらと向こう側。
 大量の下級魔族の群れが、あたまから突っ込んできた。

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