狂った『二つの』天地大戦があった。
『天界』と『地界』、――『命』さえ、操る大文明同士が、地上世界で激突した、最初にして、最大の悲劇だった。
そして、その結果、それまで繁栄していた二つの種族の長は砕け散り、新たに『人間』の時が始まった。
それまで地上の時を見守っていた、唯一の意思ある最初の人、『ノニエル』は、戦争によって『感情』と『自我』とを芽生えさせた『人』の時を監視する役目を終え、人の時の傍観者となるべく、その身を二つに裂いた。
流転の象徴たる炎の精『不死鳥』と、聖なる隠者『千年竜』と、に。
人は、その庇護の下、絶大な繁栄を誇る。
しかし、そんな『人』の抒情詩にも、影が立ち込めるときがあった。
『天と地と地』がただ一点で交わる場所、聖地。
聖地にて、三世界を分断する、石版。
その一方、『光の石版』が突如砕け散り、歴史は『大空白時代』と呼ばれる、未曾有の時間を『消失』する。
そして、『大空白時代』の後、石版のもう一方、『闇の石版』も砕け散ってしまうのである。
石版を守護する国、『シルヴェア国』は、必死に石版を回収しようとした。
しかし、未知の力、石版に対する人々の未知なる恐怖は深く、石版の回収がとどこおったその間に、闇の石版は人々の憎悪を吸収して、『七君主』と呼ばれる闇の意思が誕生する。
人は最終的には石版を集わせることに成功した。
しかし、それは不安定で、いつまた砕け散らんとも分からない状態だった。
そして、闇の石版が集ってから、五十年余り、息子を亡くした一人の男が、『七君主』に魂を売り渡し、世の破滅を願った。
その直後、『シルヴェア王国』において、三人の王位継承者を巻き込み、闇の石版は再び砕け散る。
それから、十年、ほとんどの闇の石版が再び『ミルガウス』に集うころ、狂気に身を奪われた男は、自身の願いを果たすため、己の『分身』を使って、行動を開始した。
そして…――
■
――アレントゥム自由市 光と闇の陵墓 降臨の間
僕ハ、石版ヲ持ッテ来サセタ。生贄トスルタメニ、『アレントゥム』ヤ『国境近クノ村』トカ…タクサンノ人間ノ血ヲ流サセタ。全テハ、『アノ方』ヲ復活サセルタメ…。光ト闇ガ砕ケ散ッタコノ場所デ、『アノ方』ヲ復活サセルタメ…
僕ニ身体ヲ貸シテクレタ、コノ人間ハ、感謝シナイトネ。
『アノ方』ノ復活ニハ、『七ツ』ノ石版ガイル。
ソレデ完璧ナ降臨ガ実現スル。
女、オ前ノ石版ヲ…、ヨコセ。
血のような赫い唇が、最後の音を奏で切る。
直後襲い掛かったとてつもない殺気に身を震わせながらも、ティナは必死で赤の瞳を見返していた。
まだ、仕掛けてはこない。
脅しだ。
「そんな…簡単に」
唇をかみ締めて、彼女はきっと見返した。
手を握り締めて、震える喉を割いて、きっぱりと言い切った。
「渡すと思ってんの!?」
「………」
七君主は、ふ…と目を細める。
獲物を狙う、飢えた獣の、血色の眼。
その眼に嘗められた瞬間…――捕らえられた生贄のように、ティナは動けなくなった。
捕らわれ、縛られ、…呼吸すらも、できなくなっていく感じがする。
瞬きすらも、許されない膠着。
圧倒的な『死』の静寂が、目の前に立っていた。
汗が頬を伝っていった。
じっとりと…時間だけが、絡まりながら、流れていく。
「…バカナ人間ダネ」
ふっと、目の前の『死』が、口を利いた。
「力ズクデ…奪ウシカナイカ」
七君主は、そういって、ぱちんと指を鳴らした。
「僕ガ直接 手ヲ下スマデモナイヨネ。マア、ドウセ死ヌンダカラ、チョット楽シマセテヨ」
「…!?」
向けられた殺気が遠のき、突然緊張を解かれたティナは思わず崩れ落ちそうになる。
だが、次の瞬間、紫欄の眼を見開いて硬直した。
「…ウソ、でしょ…?」
彼女の目線の先、何もない虚空から、十数人の『カイオス・レリュード』が、――否、『ダグラス・セントア・ブルグレア』の分身が、現れ、意思のない瞳をティナに向けたかと思うと、一斉に剣を抜いた。
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