――アレントゥム自由市 アレントゥム自由市郊外
「おい、ちょっと待てって、副船長!」
戦争でどんなに焼き尽くされたとしても、こんな風にはならないだろう…。――そんな、地獄のようなアレントゥム自由市の市街を抜け、町外れを目指すローブの青年に向かって、ゼルリアの将軍、アルフェリアは声を張り上げた。
海賊船に乗っていた彼らが、崩壊に巻き込まれてからどれくらい経ったのだろう…、船の全員が無傷だったのが、奇跡に近いような惨状が、街の至るところにあった。
そして、そんな中を、『光と闇の陵墓』目指して、駆け抜けていく、ローブの青年。
慌てて追いかけるアルフェリアを無視して、どんどん駆け抜けていく。
(何も、感じないのかよ、こいつ)
そんな副船長を見て、彼は、そう思わずにはいられなかった。
将軍として、数多の戦場を生き抜いてきた…――もの凄い数の、屍を踏み越えてきたアルフェリアですらも、寒気を禁じえない、光景。
まして、今ここで苦しんでいるのは、ある意味覚悟を決めた戦士たちでなく、ワケも分からないまま苦痛にあえぐしかない一般の人間たちなのだ。
手を差し伸べたい、助けを施してやりたい…。
これまで通り過ぎた情景の中に、こう思わされるものが、どれほどあったか。
それを、この表情の乏しい海賊船の副船長は、ほとんど黙殺しながら、とにかく先を目指していくのだ。
(そんなに、『光と闇の陵墓』に大層なモンがあるってえのか?)
そう、例えば、助けを求めるか弱い声を無視しても、仕方のないほどのものが、あるとでもいうのか。
「おい…マジで、おっまえ何も思わねーのかよ!!」
思わず咳き込むように怒鳴ると、ちらりとフードが振り返った。
「…そんなに言うなら、あなたが助ければいい」
始めて返されたのは、もっともだが、微妙に腹の立つ言葉だった。
「な…てめ、んな事言っても、気になるだろーが!! それに、一人だとロイドたちが心配するだろ!!」
「…必要ない」
「な!?」
「もう一度言おうか?」
愛想も何もない応酬に、子供っぽいとは自覚しつつ、本気で怒りを覚えたアルフェリアだったが、
(そこまでして、…なんで止まらないんだ、こいつ)
逆にそう思い返して、今度は殊勝に言葉を選んでみた。
「…なあ、何があるんだ? あの遺跡に」
「…」
副船長は、口を閉ざした。
それが、『無視』ではなく『沈黙』だということを何となくは信じて、アルフェリアは、待つ。
しばらく走った後、
「さっき船の中で話したことを、覚えているか」
「あん?」
少し予想をはずされて、一瞬眉をひそめたが、
「あの…アレントゥムの町に石版があって、けど石版をひとつに集める利点なんていくつもないって、話か?」
「ああ」
昼過ぎ、アレントゥムの市街地に魔族の攻撃があった。
人里には寄ってこない魔族の、不可思議な行動にアルフェリアたちは『闇の石版』がまとめて近くにあると思ったのだが、副船長はそれだけではなく、もっと別の考えも示唆した。
まとめて石版が近くにあるのに、下級の魔族しか街にたかってこなかったのは、なぜか。
裏で『何か』が魔族たちの行動を操っていたのではないか。
そして、その時彼が口にしたのは、
「…七君主、か? まさか、ホントに?」
アルフェリアは、呆然と呟く。
タチの悪い冗談と、笑おうとしたが、その顔が、ふっとこわばる。
「――…それくらいじゃなきゃ、街一つなんて、滅ぼせねえか?」
「………」
副船長は、何も言わなかったが、おそらく肯定だろうと、アルフェリアは見当をつける。
「それに、あの魔力は…」
「あ?」
青年が言いかけたとき、ふと、その後姿が止まって、アルフェリアは眉をあげた。
そして、ひゅっと、掠れた口笛を吹く。
ほとんど荒野と区別のつかない町並みはすでに後ろに流れ、目の前には、アレントゥム自由市の擁する『光と闇の陵墓』が深々とそびえていた。
歴史を感じさせる、たたずまい、その威容。
無言の圧迫を受けて唾を飲み込んだアルフェリアの横で、副船長は、すでに再び走り出している。
「っおい、待てって」
何度目かの言葉を言いながら、彼も、後に続いた。
「封印が破られてる」
「あ?」
「気をつけたほうがいい」
一瞬何を言われたのか分からなくて、彼は、隣のローブを見下ろした。
表情の見えない青年は、唇だけを動かして、淡々と言い切った。
「街を滅ぼした魔力は、間違いなく、七君主だった。七君主が石版を集めて『何か』するとなると…」
「………」
行くぞ、と声をかけたのは、アルフェリアの方だった。
中からは、魔族のけはいと血臭がたちこめていた。
「誰か、入ってるのか…」
「………」
「オレたちのほかにも、感づいたやつがいるってことなのか…?」
二人は闇の満ちる遺跡の中へと、吸い込まれていった。
■
――アレントゥム自由市『光と闇の陵墓』前
将軍と、ローブの姿が闇の中に吸い込まれて、数分経ったころ。
「…はー、やっとたどり着いたなあ」
闇の中から現れた少年は、こきりと首を回してため息をついた。
キルド族独特の発音が、闇に溶けていく。
「方向音痴は、生まれつきやし、ある程度は仕方ないけど…やっぱ、かっこわるいよなぁ」
独り言を言いながら、すっと遺跡に踏み込んでいく。
「クルスはもうきたんかな。あいつ、よく約束の時間には遅れて来よったし、どーなんやろ」
まあ、真打はおいしいところに登場するさかい、ぼちぼち行こうか。
――と、口だけを動かしながら。
キルド族には本来ありえない配色をもった、その少年は、すたすたと石牢に踏み入れていった。
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