――アレントゥム自由市『光と闇の陵墓』 降臨の間
「くっ！！」
『ダグラス』の放った鋭い一閃がティナの肩を掠める。
体勢を崩したところを背後から狙われて、舌打ちしながら、呪を放った。
「烈火の意思よ、わが意に従え！！」
一瞬で魔力が練りあがり、発現していく。
「！！」
炎に巻かれた『ダグラス』の一人は、悲鳴もあげずにもんどりうって吹っ飛んだ。
戦っている『ダグラス』達に意思は無いようで、その亡羊とした青瞳のむなしさに、ティナは鳥肌が立つ。
『七君主』が作り出した、意思のない人形たち。
(カイオスも…こいつらと、同じだってこと！？)
『七君主』はカイオス・レリュードのことを『失敗作』といっていたが、自分の意思を持って七君主に反したから、そういわれているのだろうか。
だとしたら…
(あいつが、そうで、よかった…)
ふっと思う。
しかし、その思いをかみ締める余裕も無く、ティナは次の『ダグラス』と斬り結んでいった。
操り人形のような『ダグラス』たちの剣の腕はカイオスには及ばないが、連戦の疲れと、単純な肉体の力の差のせいで、思うように剣をさばけない。
「くっ…つ！！」
向こうも、体格の差をついてどんどんと斬りかかってくる。
競り合いに持ち込まれ、しかしティナの脇はどんどんとしまっていく。
押されていく彼女の紫欄の瞳に、さきほどからにたにたと、こちらを見つめ続ける赤い眼の七君主がふっと映った。
「ナカナカ ヤルジャナイカ…人間ノ分際デ」
ねっとりと血がこびりついたかのような色をした唇が、そう、ティナに投げかける。
「ケド…イツマデ持ツカナ」
ふふっと笑った彼の余裕が、カンにさわって、ティナは奥歯をかみ締めると、一気に力を振り絞った。
「ぁああ！！！」
ガキっとかみ合ったまま拮抗していた刃を、一気に弾き返し、そのまま打ち合いに持っていく。
周囲の状況に眼を配りながら、周りから放たれる魔法を交わしながら、剣をあわせ、剣をあわせながら、魔法を避けていった。
言うは易いが、実際の消耗はかなり激しい。
汗が身体中から滴り、増えていく傷が体力を奪っていく。
「はあ！！」
眼前の『ダグラス』の剣を弾いて、一気に刃を突き出した。
「…」
うつろな瞳を見開いて、彼は『絶命』する。
その末路を最後まで見届ける暇も無く、ティナは自分に向かって別方向から放たれた魔法をよけると、逆にそちらに仕掛けていった。
「火球弾！！！」
「火球弾」
ティナの属性魔法の『火』と、相手の無属性魔法の火がぶつかり合い、しかし余裕でティナの炎が相手のそれをぶち破る。
「属性継承者を、ナメないで！」
『ダグラス』の一人が炎に塗れるのを見届けて、ティナは額の汗を拭った。
「フム…」
七君主は、ティナの善戦を、特にくやしがるでもなく見つめていた。
所詮、あの『ダグラス』たちは人形。
消費物に過ぎない。
あれらと戦って体力を削った後、じわじわとなぶってやれば、それでいい。
「フフフ…」
そのさまを想像したか、彼の瞳が愉悦の光を宿し、釣り下がって、不気味に微笑んだ。
と、その時…――
「ただいま、戻りました。七君主」
空間が避けて、金髪青眼の青年が吐き出された。
戦闘の後があちこちに見られる。
少し息を乱した彼は、だが、意思をもった瞳を伏せて、深々と頭をたれた。
ミルガウスの鏡の神殿を、破壊するように命令されていた、『ダグラス・セントア・ブルグレア』だった。
「申し訳ありません。鏡の神殿は、魔を通すほどには破壊できましたが、不十分でした…」
「フゥン…。マア、イイヤ」
「………」
「オメオメト 帰ッテキタコトハ 今ハ問ワナイ。ダガ…――ソノ代ワリ、チョット 頼マレテクレナイカナ」
くすくすと笑いながら、七君主は、ティナの方を差す。
「アノ子…。『失敗作』ガ殺セナカッタンダ。ケド…君ナラ イケル カナ？」
「仰せのままに」
『失敗作』が、殺せなかった。
――そのくだりを聞いた瞬間、『ダグラス・セントア・ブルグレア』の意思ある瞳が、残虐な光を宿して、輝いた。
「仰せのままに、必ず」
そう言って、ティナへと手のひらを向け、彼は一気に呪を唱えた。
「空間よ…我を運べ」
それは、本能的な、言ってみれば戦いの『勘』のような、予感だった。
「！！」
一瞬の寒気を感じて、ティナは、眼前の『ダグラス』との戦いを中断して、身を地に伏せる。
「！？」
刹那、彼女が一瞬前まで斬り結んでいた『ダグラス』ごと、白刃が大きく斬り下ろされていった。
「な…！！」
剣を握り締めたまま、『ダグラス』が、半分に割けて倒れていく…、吹き上げる、その血を呆然と見つめながら、ティナは目を見開くしかなかった。
その、ティナの目の前に、男が立っていた。
「ふん…。勘はいいみたいだな」
周囲の『ダグラス』たちも、動きを止めている。
突然…――そう、突然、目の前に現れた金髪青眼の男は、仲間の血に染まった赤い刀身を、うっとおしげに払った。
その瞳は、今までの『ダグラス』たちとは大きく違って、『自分』という『意思』を宿していた。
「あ…んた、今、仲間…ごと…」
上がった息を整えながら、視線を強めたティナを見下すように冷笑して、意思ある『ダグラス』は、ふんと鼻で笑った。
「仲間？ ゴミの間違いだろ？」
「っ…！！」
「オレは、こいつらと違って、意思が在る。『失敗作』と違って、『空間魔法』が使える。…一緒にしないでもらおうか」
本気で嫌悪を感じたように、はき捨てる。
「…あんたとは、友達になれそうもないかも」
思わず口走った言葉を、意思ある『ダグラス』は、一笑して目を細めた。
「そうだな。オレもこれから殺す女に用はない。『失敗作』のしくじりは、オレが落とし前をつけてやらなきゃなあ…」
ふ、と彼は手を掲げる。
同時に、その場にいた『ダグラス・セントア・ブルグレア』が一斉に戦闘態勢をとった。
「せいぜい、苦しんで、逝け」
振り下ろされる手と同時、四方から発現した魔法が、ティナに次々と襲い掛かった。
「くっっ！！」
さすがに全てを避けきれる事はできず、ティナは呻いた。
同時に、背後に現れる気配。
(空間魔法！？)
前からも斬りかかってくる『ダグラス』を見止めて、ティナは仕方なく、横にとんだ。
「甘い！！」
意思ある『ダグラス』が一笑するのと、
「何！？」
ティナが呻くのは、同時だった。
見切られていたか、彼女の着地場所に先回りしたダグラスが、剣を構えてにやりと笑っていた。
「くっ！！ 烈火の意思よ！！ わが意に…つぁっ！！」
呪文も間に合わない。
心臓をまっすぐに狙った刃を、紙一重で交わすが、わき腹に熱が走る。
たまらず地面を転がる。
(反則だって！！)
なぜ、人間にしか見えない彼が空間魔法を使えるのか。
考える間もなく、戦闘は続いていく。
せめてどこから飛んでくるのか、分かれば、対応もできるのだが。
(いや)
「…」
ティナはすっと目を閉じる。
あまりやりたくないが、この場合仕方がない。
「どうした！？ 天に祈っているのか？ ははっっ」
耳障りな、意思ある『ダグラス』の声を閉め出して、彼女は大きく息を吸う。
周りのダグラスをおとりに、再び身を隠したのが、分かった。
そして、彼女の近くに迫ってきている、ことも…――
(そーやって、ヒトを盾に使うよーなやつは…)
「だいっっっ嫌いなのよ！！」
カッと目を見開いて、彼女は魔力を解放する。
次の瞬間、ティナを巻き込んで、彼女ごと――空間が、爆発した。
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