Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第七章 不死鳥-流転の女神- 
* * *
「フフン…皆、死ンジャッタカナ?」
 ティナを中心に解き放たれた魔力は、彼女ごと、周囲を巻き込んで膨れ上がった。
 爆煙が部屋を暴れまわり、その余波が離れた七君主のまとった服を、激しくはためたせる。
「人間ニシテハ ナカナカヤルネ…。モウチョット遊ビタカッタケド。ソロソロ、時間カナ」
 七君主が呟くうち、煙が晴れ、惨状をあらわにしていく。
 いくら属性継承者といえ、無事ではすまなかったらしい…――吹き飛んだ『ダグラス』たちの真ん中に、ティナ自身もぐったりと倒れていた。
 そして、衝撃で懐から飛び出たのか…――闇の石版が、女の体の近くに落ちている。
「フフ…」
 それを見つけた七君主の指が、くっと上がった。
 同時に、地面に落ちていた石版が何かに引っ張られたように、独りでに宙に浮かび上がる。
 そのまま七君主の元へ、導かれるように、漂っていき――
「い、かせないから…」
 それが、止まった。
「…」
「絶対、渡さ、ない…」
 火傷を負った手を精一杯伸ばして、ティナははいつくばったまま、石版をつかんでいた。
 握り締めた欠片は、抗うように震える。
 力の入らない指で必死に握り締めて、ティナは紫欄の瞳で七君主をにらみつけた。
「石版は、絶対に、渡さないから!!」
 体のところどころが、痛みを通り越して、痺れたように感覚がない。無理に動かそうと力を込めると、体中を激痛が襲う。
 気を抜くと、視界が暗くなっていきそうだった。
 それでも、ティナは唇をかみ締め、必死に意識を保った。
 痛みをこらえ、指先に力を送り続けた。
 ここで、石版を手放すわけには、いかない。
 ここで、負けるわけにはいかないのだ。
 死んだ国境守備隊の人や、アレントゥム自由市の人のためにも。
 そして、――おそらくではあるが――七君主を止められることを信じて、石版を託してくれた、あの男のためにも!!
「渡さない。魔王は、復活させない!! 絶対に!!!」
 血を吐くように搾り出した声は、かすれていたが、確かに言葉になった。
 そして、音となった言葉は決意になっていく。
 何がなんでも、やり遂げてやる、と。
「………」
 一方の七君主は、血玉の瞳に、そんな女の必死の表情を映していた。
 面白くもなさそうな表情でティナを睥睨した後、、石版を操っているのとは反対の手が、すっと彼女を差す。
「シツコイ子ハ キライダヨ。オ仕置キ」
「!?」
 くっと指がはねた瞬間、ティナの身体を抗いがたいほどの激痛の波が、怒涛のように押し寄せてきた。
 意志とは無関係に、体が跳ね、悲鳴が喉を裂く。
「あっ!! つっ!! あぁあああああ!!!」
 目を見開いて、彼女は地面を転がった。
 動かないと思っていた身体は、――七君主のしわざか――体中を駆け巡るどうしようもないほどの痛みに、限界を超えて反応した。
「…、ヤッパリ、若イ女ノ 悲鳴ハイイ ネ。フフ…。ソウ簡単ニハ…殺シテ、アゲナイヨ。サア…痛イノガ イヤナラ サッサト石版ヲ放シナヨ」
「つっ、あっ、あぁあああっっ」
 視界が――頭が、真っ白になる。
 激痛に悲鳴を上げる体と意識が、だんだんと遠のいて感覚をなくしていく。
 それでも、ティナは石版を握る手を離さなかった。
 指の感覚はとうになく、痺れた指がそこにあるのかさえも、もはや見えない。
 もうそれをちゃんと握っていられているのかさえ、分からなかった。
 それでも、つかみ続けた。
 たった一つ。
 七つの欠片の、最後の一つを。
「シツコイネ…」
 痛みしか感じなくなった頭でも、その言葉はなぜか聞き取れた。
「全ク…イケナイ子ダ。モウ少シ、オ仕置キ シナキャ ネ」
「!!!!」
 その言葉を境に、声さえないほどの、激痛の渦が、身体を駆け抜けていった…――
 ――瞬間、
「…?」
 潮が一気に引くように、苦痛が、突然引いた。
 しばらく荒い息をただ吐き出す。
 痺れた感覚が、だんだんと戻ってくる。
 その末に指の先にある石の冷たさを確かめてから、ティナは安心したように、息をついた。
「大丈夫? ティナ」
 そんな彼女に、かけられる、声。
 肩に触れる手が温かくて、それが夢でもなんでもないことを伝える。
 少年の高い声。
 もっとも親しみのある、もっとも信頼する相棒の声に、ティナはほっと力を抜いた。
「…クルス…?」
 あんた、生きてたんだ…。
 力の入らない声で、まだあまり見えない目を音の方に向ける。
 無意識にほうっとため息が出た。
「うん。ごめん、ちょっと遅れたけど、ちゃんと、来たよ」
 戻ってくる視界には、見慣れた茶色の髪と、人懐っこい黒い瞳。しかし今、ティナを見下ろすそれは、心配そうに細められていた。
「…」
「カイオスが、ティナを助けてくれんだ」
  それまでのぼうっとした意識が、しかしその名前を聞いて一気に冴えた。
「え、あいつ…、つっ…いったぁ…」
「無理しちゃ駄目だよ! ひどい怪我なんだから!!」
「ケガは半分、自分のせいだからいーのよ。それより、あいつ…」
 クルスが背中を支えてくれて、やっと身体を起こす。
 さすがに座り込んだまま、傍らに立っていた人物を見上げた。
「…何だ、生きていたのか」
 金色の髪、青い瞳を持った、彼女の良く知る人物は、微かに眉を上げて、失礼極まりないことを淡々と落とした。
「まーね。ま、一応助けてくれてありがとうって言っとくわよ」
「…貸しにしておく」
「ヤなやつ」
「何とでも」
 ティナが先ほど殴った痕を隠そうともせず、彼は涼しい顔で応じる。
 静かな瞳には、赤い狂気も、青い優越もなく、その静かな光にティナはなぜか安心する。
 それから、七君主の方に、視線を移した。
「…ヤッテクレタネ。裏切リ者。イマサラ 寝返ル気カイ」
 カイオスが、三属性の魔法でも放ったか、――両手を赤く血で染めた七君主は、その血よりももっと深い真紅の血玉で、こちらを睨んでいた。
「ミルガウスに手を出して、先に約束を破ったのは、そっちだろう」
 付き合いきれない、とあっさりと切り返したカイオスは、肩を竦めてティナの方を見落とす。
「戦えるか?」
「まあ、ね。体力的にはやばいんだけどさ…」
「じゃあ、ティナはアベルを守っててよ」
「え、アベル連れてきてるの!?」
「意識を失っちゃったんだ…。けど、外で安全な場所、無かったから」
「そ、そう…」
 クルスの説明に一応頷いて、その視線を追うと、確かに壁にもたれかかってアベルは幸せそうな寝息をたてていた。
 なんだか、アベルも結構な扱いね、と密かに思ったティナだったが、続く七君主の言葉に、はっと身をすくませる。
「…仕方ナイナア…。時間モナイシ…。コウナッタラ、石版ガ六ツデモヤルイカナイカ。『降臨ノ儀式』」
 七君主は、ばっと両手を広げた。
「チョット、足止メシテテ。『人形』タチ」
 ティナたちが身構えると同時だった。
 その言葉に呼応して…――先ほどティナが自分をまきこんで、捨て身の魔法で撃退したはずの、瀕死の『ダグラス・セントア・ブルグレア』達が一斉に目を見開き…――。
 彼女たちに向かって、突っ込んできた。

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