Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第七章 不死鳥-流転の女神- 
* * *
『――――――――』
 ティナたちには、よく聞き取れない言葉で、七君主は、呪を紡ぎ始めた。
 空気が振動し、風が悲鳴をあげ…――七君主を中心に、渦を巻いて、魔力が凝縮されていく。
 その、密度と強度に、ティナは鳥肌が立つ。
 ティナたち人間には、決して扱えないような、そんな深さと量をもった波動だった。
 それを、詠唱の前段階から、軽く集めている…――七君主という存在の、魔力の深さ、底知れない恐ろしさが、実際に肌に感じられた。
 しかし、それを呆然と眺めている余裕はない。
 血をたれ流しながらも、どんどん襲い掛かってくる『ダグラス』たちに、ティナたちは、苦戦をしいられていた。
 ティナは一応アベルを守っていればいいので、積極的に戦う必要はないのだが…――、そんなのお構い無しに、ダグラスたちはその存在が邪魔だと言わんばかりに、どんどんと斬りかかってくる。
 その中には、意思あるダグラスも入っていて、彼は一際ひどく血を流しながら、しかし怒涛の勢いで専らカイオスに挑んでいた。
「ひゃははっっ…、はははっっ。死ね、死ね、失敗作!!」
「………」
 うんざりとした表情を隠そうともせずに、カイオスは落ち着いて攻撃を捌いている。
 実際、一番多くの相手を受け、あるいはそれとなくティナたちを援護するような位置に入りながらも、流れるようなその攻防には、余裕すら伺えた。
(やっぱ、あいつ、強い)
 その身のこなしに、ティナは素直に感じ入る。
(けど…同じ顔が殺しあってるってのも…ぞっと、しない、な…)
 同時に、『同胞殺シ』といった七君主の言葉が蘇って来て、彼女は強くそう感じたが、しかし、それをしみじみとかみ締める余裕はない。
 ほとんど限界の体力は、動けば動くほど、削られていく。
 さっきの戦いで大きく消耗した自分は、体力が尽きれば、足手まとい以外の、何者でも、なくなる…。
「…」
 ティナは、ぎゅっと手を握り締めた。
(その前に)
 その前に。
 唇をかみ締める彼女の瞳に、呪文を唱える七君主が映る。
(その前に…止めなきゃ)
「ねえ、カイオス、クルス…あんたたち、あの七君主を止めるテ、ある?」
「………」
「え、ティナ何言って…」
 一旦体勢を立て直すため、近くに集まった男たちに、ティナは持ちかける。
 無言のカイオスに、軽くうろたえたような、クルス。
 そのうちの少年の方が、ティナのしようとしていることを悟ったらしい。
「ちょっ、ティナ、まさか…」
「そう、そのまさか。一発であいつダマらせるなんて、他に、ないでしょ?」
 にっこりと、笑ってみせる。
「…何をする気だ」
 カイオスに問いかけられて、ティナは唇を上げて見せた。
「あたし、『火』の属性継承者なの」
 『火』…――それは、『氷雷炎』の『三属性』すら上回る、――『地水火風』の『四属性』に属する高位魔法だった。
 属性一つに付き、完全に属性継承者は一人と言われている…――最強の属性の、一つ。
「…」
 さすがに眉をあげた彼に、ティナは笑ってみせる。
「二つ石版持ってきた実力は、ダテじゃないって。――あたしの使える属性魔法の中で、イケそうなやつが一つだけあるの」
「勝機は」
 低く問われて、これにはさすがにティナも慎重に答えた。
「ちょっと消耗激しいからね…、分からないけど、五分五分くらいかな」
 決して成功率は高くない。ひょっとしたら反対させるかもと思ったが、カイオスは、一つ頷いてみせた。
「さっさとやれ。時間がない」
「…」
「ティナが安心して呪文を唱えられるように、オレたちがちゃんと、止めておくからさ!」
 襲い来るダグラスたちに向かって、剣を構えた二人に、ティナはにっと笑う。
「よろしく!」
 そして、彼女は、ちらりと視線を七君主に向けた。
 魔力の軌跡は天井近くにまで浮かび上がり、その魔力に導かれるように、台座にちりばめられた石版は、カタカタと振動を始めている。
「…」
 自分の手の中に残ったひとかけらを、ティナはじっと見つめた。
 ひとつ、大きく息を吸い込むと、すべての邪念を押し出して。
――ティナは、詠唱を始めた。

* * *
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