――『光と闇の陵墓』内部
「あら…じゃああなたも混血の異民族なんですの?」
アレントゥム自由市が崩壊した直後、大戦遺跡『光と闇の陵墓』に足を運び、そこで出会った二人の淑女――ジュレスとウェイ。
魔物の徘徊する遺跡を、しかし優雅にすら見受けられる戦いで道を切り開きながら進むうち、どちらからともなく語り始めた身の上を受けて、ジュレスは形のよい眉を、優美に上げてみせた。
「『あなたも』、って…あんたも? ってか、異民族には全然見えないけど」
「片親が、そうですけれど。あなたと違って、色が中途半端に混ざっちゃったみたいですわ」
ウェイが驚くのに、口の端を吊り上げてみせる。
男なら、一瞬で目を奪われるような、完璧なライン。
しかし、同姓のウェイには通じなかったらしく、彼女はただ、ふーんと頷いてみせた。
『異民族』――およそ千年前にも遡る、第一次天地大戦のおいて、『天使』をあがめていた民族がいた。
彼らは、第一次天地大戦までは、ずっと、今は消失した――第一次天地大戦で滅びた――『東大陸』に住んでいたが、その大陸が滅ぶ際、天使たちの情けで、現大陸――ミルガウスやゼルリアがある、第一大陸に一族ごと流入することができた。
そしてその後、戦争が終わり、戦争の責任を負って天使たちが地上に追放された折、先の恩から行き場の天使たちに対して、自らの身体に憑依を許した。
その天使の寄生を受け入れた人間たちが、いわゆる『混血児』と呼ばれる人間のはじまりだ。しかしだからといって、異民族のすべてのものが『混血児』というわけではない。逆に、全ての混血児が異民族というわけでもないのだが。ただ一般的な見方だと『異民族』と『混血児』は同一のものと一括りされているのであって、単に『異民族』にとっては、肩身狭く生きにくいものではあった。
まず同じ町の中で、『異民族』とそれ以外の『民族』の居住地が重なることはない。
青銀の髪に、壁色の瞳。
一時期は、その容姿の美しさから売買の対象にされていたことも在る。
しかし、ミルガウスの前々王朝――ソエラ朝の時代、ソエラ朝王家に異民族の血が迎えられ、彼らへの差別は表面上はなくなったのだった。
「目の色も碧色ですし…ちょっと髪が蒼いでしょう? 暗いから、分からないかしら」
ジュレスは、軽くウェーブを描く髪を、ふわりと揺らしてみせる。
「…」
女神が風に髪をあそばせているような仕種だったが、ウェイは、目を細めると、結局肩を竦めた。
「…ごめんなさい、やっばり、見えないみたい」
「明るいところだと案外目立つんですのよ」
「そうなの。じゃあ、是非、見せてもらわなきゃ、ね」
にっこりと微笑んで、そしてウェイは意味深に付け加える。
「生きて出られるかしら」
「…」
ジュレスはあえて答えなかった。
それから会話のないまま、二人は先を目指し続けた。
「…扉が見えますわね」
しばらくして、ジュレスの方が呟く。
「すごい魔力を感じる」
「…急ぎましょう」
彼女らは、足を速めてそして、立ちふさがる荘厳の扉を開け放った――。
■
――『光と闇の陵墓』内部
「うっわ…ややこしー作りしてんな…迷路かよ」
「…」
海賊の副船長と、ゼルリアの将軍は、遺跡の中を駆け抜けていた。
襲い来る魔族は、ほぼ一瞬で斬り伏せ、足を止める事も無いまま、ひたすら前を目指す。
「なあ、副船長。ちょっと思ったこと、聞いていいか?」
「…」
走りながらのアルフェリアの言葉に、副船長は、ちらりとフードをこちらに向ける。
「お前…なんで、そんな状況を的確に読めるんだ? …七君主とかって、普通は思いつかねえだろ。しかも、その『あてずっぽう』にしたって、大体あってやがる。相当の事情とか知ってないと、無理だろ。…いったい何モンだ?」
「…」
もとから、答えをそんなに期待していたわけではなかったので、沈黙がいくら重なろうと、アルフェリアは大して気にしなかったが、
「…別に」
いくつかの魔物をふたたび土に返したあと、ぼそりと声が返ってきた。
「ちょっと、昔、事情を良く知る立場にいたことがある」
「………。へえ」
アルフェリアは、それ以上聞かなかった。
二人は、どんどんと歩を重ねていった。
■
――『光と闇の陵墓』内部
「あー、また、迷いそうや…」
クルド族の少年は、ぽりぽりと頭をかいた。
「ぼちぼち、行こうか…」
彼は、心なしか肩を落として、暗闇の迷宮に紛れていった。
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