Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第七章 不死鳥-流転の女神- 
* * *
――『光と闇の陵墓』降臨の間



「命の灯よりもなお赫く 逸る血よりもなお熱く」
 意識を深く集中して、ティナは唱え始めた。
 ふわりと魔力が浮き上がり、彼女を螺旋に取り巻きながら、上空に紋様を編んでいく。
 属性継承者の紡ぎだす、自然への畏敬と賛歌は、きらきらとした魔力の尾を引きながら、彼女の周りに零れていった。
「古の長 分かたれし果て 汝の真たる名において」

『―――』
 魔王復活の呪文をとなえる、七君主の赫い目が、そんなティナを捕らえた。
 視線が険しく、鋭く、それだけで射殺せるような圧迫感を持って、殺気を放つ。
 その邪悪な思念に呼応するように、彼の『分身』たるダグラスたちは、一斉に攻撃目標を彼女に据えた。
 幾多の剣、幾多の呪文の矛先が、一斉にティナを目指して突きつけられる。

「やらせないよ!!」
 ティナの心臓目指して、虚空を一斉に貫かれた剣閃の軌道に立ちふさがったのは、クルス。
 少年は軽い動きで、剣先を逸らすと、自分の剣に絡めて一気に弾く。
 魔法攻撃には、無属性の結界を編んで、素早く対応していく。
「くっっ!! 何をしているゴミども!!」
 意思ある『ダグラス』は、血をはきつけるような猛りをあげると、もの凄い早さで、自ら斬りかかってきた。
「どけ!!」
「!?」
 小手先の技量など関係ない。
 裂ぱくの気合と意地で、彼はクルスを剣ごとふっ飛ばす。
 呪文に集中しているティナに、体ごとぶつかっていった。
「ティナ!!」
 勢いで、地を転がったクルスが、声を上げる。
 しかし、にやついた笑みと共に放たれた意思ある『ダグラス』の攻撃は、横からの氷の魔法に阻まれた。
「俺を忘れてないか?」
 魔法を放った手を下ろすと、冷めた青の眼をそばめて、カイオスは剣を構える。
 肩に突き刺さった氷の欠片を、しばらく呆然と眺めていた意思ある『ダグラス』は、
「この、失敗作がぁ!!」
 顔色を変えて、目標を変えた。
「それしか言葉を知らないのか」
 目を見開き、恫喝した意思ある『ダグラス』に対して、もう一方の方は呆れたように言葉を返す。
 剣閃が鋭く弾きあい、鋼の音が大きく響きあっていった。
「ゴミども!! 早く、女を殺れぇえ!!」
 意思ある『ダグラス』に呼応して、残りの『ダグラス』たちが一斉に行動を開始する。
 鋭い切っ先が幾重にもティナを狙う、その軌道に、小柄な少年が立ちはだかった。
「天を貫く怒りの雷動よ、この一時我が剣となりて、立ちはだかる愚かな者を打ち倒せ!!」
 無属性の呪文を唱えたクルスは、黒い眼で『ダグラス』たちを見据えると、にっこりと笑って、手を掲げる。
「残念だったね」
 そして、彼は、『ダグラス』たちを一閃するように、腕を薙いだ。
「ライトニング・ブラスト!!」
 刹那、解き放たれた雷の魔力は、眼もくらむような光を放ちながら、『ダグラス』たちを焼ききった。



 ゆるやかに舞い上がる魔力は、ティナの服を、髪を微かにはためかせながら、次々と魔方陣を完成させていく。
「廻り舞い散る魂の 欠片 哭(な)きたる礎の」
 伏せた眼を、うっすらと開く。
「時掲げたる 流転の女神」

 ――その昔、『感情』を持たないまま暮らしていた『人間』種族。
 人の時を監督する『ノニエル』は、しかし、天使と魔族が争った第一次天地大戦後、感情を獲得して、自分達の意思を持った人を、縛り付ける事をやめた。
 そして、彼は、自身の身体を二つに裂いた。
 その一方は、後の『ソエラ朝』から――現在の『ミルガウス王国』まで、聖地を守る国の国章になっている、聖なる隠者『千年竜』。
 そして、もう一方――流転を司る『火』の精『不死鳥』。

「我ここに 汝を願う 我ここに 汝を望む」
 ティナは、舞いを舞うように、魔力を編み上げていった。
 優雅に踊る手から、滑らかに動く肢体から――零れ落ちる波動。
 ほとんど編みあがった、『火』の紋章を両手で、なぞるように。
 属性継承者に許された、特権。
 自身の属性の精霊を、この世に召還できる、幻術。
 ――召喚術。
「尽きぬ命の杯に 生と死と死を司る」
 しかし、次の瞬間、ティナは眼を見開いた。
 彼女を取り巻く魔力のヴェールの向こう――降臨の呪を唱える七君主の、見るだけで射殺されそうな赫い眼が、勝ち誇ったように、微笑んだのた。



「や、やばいよ、カイオス」
「…」
 ほとんどの『ダグラス』が倒れ伏した中、七君主の勝利の視線を感じて、クルスはカイオスに向けて放つ。
 無言のカイオスの代わりに、彼と剣をあわせるのを一旦やめた意思ある『ダグラス』が、あざけるかのような哄笑を放った。
「はははっ!!! 俺が手を下すまでも無く、間に合わなかったようだなあ!! 降臨の呪が、完成した!!」
 呼応するように、七君主の体からどす黒い魔力が立ち上った。
 くゆりながら立ち昇っていく邪悪な魔の力は、ゆらゆらと天井の辺りを彷徨ったかと思うと、一気に膨れ上がる。
「!?」
「…っ」
 光と闇の陵墓、その、頑強な遺跡の天井が、裂けるように弾けとんだ。
 風が吹き抜け、夜空が顔を覗かせ、崩れた瓦礫の破片が天頂に吸い込まれていく。邪悪な魔の波動はねじるように絡み合いながら、あたかも竜が怒るかのごとく、大気を震わせ、地を揺るがせた。
 それに伴って降臨の間の台座に据えられた石版は、淡く光を放ちながら浮かび上がり、黒き魔流に流されながら、ゆっくりと上がっていった。

* * *
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