Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第七章 不死鳥-流転の女神- 
* * *
――『光と闇の陵墓』 降臨の間



 ウェイとジュレス。
 二人の女が扉を抜けた瞬間、目の前にどす黒い魔力が立ち昇っていた。
 いくつもの通路の先にある、中心の終着地、『降臨の間』。
 離れた場所には、彼女たちのほかに三人の男女がいたのだが、二人はそれに気付く事は無かった。
「…」
「あ…」
 美しい脚線。
 泰然とした雰囲気を崩さなかった、二人の足から力が抜ける。
 呆然と見つめる二対の視線の先で、邪悪な魔力に押し上げられていくように、六つの闇の石版が、ゆっくりと上空に舞い上がって行った。


――『光と闇の陵墓』内部



「お、あそこに扉があるな」
 海賊と将軍という少し変わった組み合わせの二人は、剣の柄まで魔物の血に濡れながらも、やっと降臨の間に通じる扉の前までたどり着いていた。
 荘厳な作りの取っ手に手をかけようとした瞬間、遺跡全体を揺るがすかのような激しい縦ゆれが二人を襲う。
「!? な、なんだぁ!?」
「急ごう」
 体勢を崩しかけた二人だったが、さらりと踏みとどまって、先を進む。
 しかし、くぐりかけた扉の先、一気に黒い魔力が吹き付けて来て、唖然として足が止まる。
「………」
 呆然と上を見上げる…その、目の前に、黒い竜のような魔力が空高く立ち昇っていた。


――『光と闇の陵墓』 降臨の間



「間に合ったな」
 クルド族の少年は、たどり着いた先の光景を静かに受け入れていた。
「…オレをあわせて九人。――ぴったりや」
 そうして少年は、唇をゆがめた。
「…――さあ、始まるで。世界の終焉が」


――『光と闇の陵墓』 降臨の間 隣室



「完成したみたいね。魔王の復活の呪文」
「………」
 カオラナが呟いた直後、遺跡の床が激しく振動し、同時に、轟音と共に、天井がふっ飛ばされていく。
「な…」
 レイザはひざをついたが、カオラナはよろける事もしなかった。
「あとは、ミルガウスを通じて魔王の必要な瘴気と、各地の魔王の魂が集まるだけ」
「…」
 レイザはぎゅっと眼を閉じた。
 かみ締めた唇に、血が滲んでいた。


――ミルガウス鏡の神殿



 その時、彼らは鏡の神殿から立ち昇る、黒い邪気に気付いた。
「な、何だ…」
 いちはやく気付いた右大臣サリエルは、部下達の前という事も失念して、思わず狼狽の声を上げる。
 半壊した鏡の神殿から、地を這うように黒い煙のようなモノが流れ、それがゆるゆると空高く立ち昇っていく。
 何かに導かれるように、風に逆らって夜の闇を流されていく…――。
 鏡の神殿が『何者か』に犯されてから、間が無い。
 動員されていた、かなりの数の兵士達が、異変に気付いて恐怖の声を上げた。
「し、静まれ!!あわてるなよ」
 震える声を押し隠し、素早く指示を出すが、サリエル自身も、この現象に対して、どう対処していいか分からなかった。
 しかしその時。
 背後から草を踏み分ける音を聞きつけて、サリエルはふと目を見開く。
 自分の方を見ている兵士達が、口をあけて別の意味で固まっているのを感じながら、視界を背後に移す。
「…国王…」
 現れたミルガウス国王ドゥレヴァは、目を細めて辺りを見回した。
 壮年の王者の突然の出現に、混乱は一気に冷え切り、呆然とした静寂の後、次々にひざを折って頭をたれる音が続く。
「…この地を通じて、魔の力が流れておるのぅ…」
 ぽつりと闇夜に落としたドゥレヴァは、精悍な顔をゆるめて、ふっとため息をついた。
「ちょっと、危ないかのう…」
 彼は、首を北方へめぐらす。
 その、異変を目の前にした、あまりに静かな行動に、ついつられた何人かが、そろそろと顔をあげそちらを臨んだ。
「お、おいお前ら…国王の御前だぞ…!!」
「構わんよ」
 叱責をしようとしたサリエルを止めた声は、不気味なほど穏やかだった。
「…」
 その、静かさが逆に鎖となって、サリエルの二の句を奪う。
 やがて誰一人騒ぎ立てる事の無い、無言の静寂と、北方への視線が、漂うばかりとなっていった。


――『光と闇の陵墓』降臨の間



 七君主の黒い魔力は、遥か上空まで跳ね上がり、急速に集まると、やがて竜がうねりをあげるように、猛々しく渦を巻いた。
 全てを吸引するかのように――。
 世界中から、魔力を集めようとするように――
 そして、台座の石版は、その流動に導かれるようにゆっくりと立ち昇っていく。
 遥か彼方、天頂に向かってあたかも導かれるようなその欠片たちに集うように、無数の光の玉が草原から、破壊された町跡から――ゆっくりと立ち昇っていった。

「尽きぬ命の杯に 生と死と死を 司る」
 ティナは、疲労に限界を訴える身体を無視し、最後の魔力を練り上げていった。
 ヴェールのように彼女をまとう『火』の波動。
 そして、頭上に描かれていく魔法陣。
「四属の謳の在る処(ところ)」
 大きく息を吸い込む。
 意識を深く集中し、瞑想にも似た極限状態の中で、ティナの周囲の音が、全て、消えた。
「今ここに 顕されん」

 ティナは、静かに目を開けた。
 最後の言葉を、静かに紡いだ。

「出でよ、流転の女神。『不死鳥』」

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