――『光と闇の陵墓』降臨の間
「出でよ、流転の女神。『不死鳥』」
魔方陣が、淡く光を放つ。
解き放たれた魔力のあおりが、ティナの髪をはためかせ、急激に消耗していく感覚に彼女は思わず唇を噛む。
「っ…!!」
意識ごと、虚空のような闇の中に吸い取られていくような感覚だった。
ティナは、拳を握り締める。
しかし、ここで意識を手放すわけにはいかない。
放たれた『属性』を制御できるのは、『属性継承者』だけ。
ここで術者が意識を失えば、制御を失った膨大な魔力は暴走し――たぶん隣接するアレントゥムも巻き込んで、おそらく魔王も顔負けの大惨事を引き起こしてしまう…!!
「やって、やるわよ」
歯をくいしばって、ティナは魔力の具現を待った。
目がかすみ、流れ落ちる汗が、時の遅さを感じさせる。
まだ、まだだ。あと、少し…。
紋様から帯を引いて寄り集まっていていく『火』の魔力。
急速に練りあがる茜色の流動が、なぜかひどく遅いものに思えた。
限界を訴える身体が、視界の光を無意識に奪っていく。
くずれおちそうな感覚。
しかし、周囲の砂礫を巻き上げながら、光の軌跡をこぼす魔力が、螺旋に交わったその瞬間、
「!!」
光の暴発が起きる。
だが、彼女は目を閉じることをしなかった。
目をやかんばかりの――しかし、どこか優しい波動を感じさせる光を、やんわりと受け入れる。
まばゆい白がやがて収束していき…――
ふわり、と。一風。
光のヴェールをまとった翼で軽やかに羽ばたいてみせると、茜色に輝く光の尾を引きながら、魔方陣に導かれた『それ』は、ティナの方に向かって、優美な首を傾けてみせた。
神話の中から抜け出してきたかのような、端正な肢体。
人間達を見下ろす瞳は、時の覇者にふさわしく、静かな、しかし深い慈愛の光を宿していた。
「不死鳥…」
肩で息をしながら、ティナは、その名を呼んだ。
にじみ出る安堵の調子が、少しだけそれを震わせる。
「『属性』の契約により、わが意に従え。代償は」
紫欄の瞳をきっと向けて、力強くティナは宣言した。
「向こう一月分の、あたしの魔力だ」
『心得た』
老人のように深く、少女のように華やかな声で、不死鳥は、応えた。
聞くものにどこか懐かしさを感じさせる、そんな声だった。
「魔王の…降臨を、止めて欲しい」
『たやすい事』
そして、端正なる最初の人『ノニエル』の半身、炎の精『不死鳥』は、慈愛に満ちた瞳を細めて、赤き瞳の七君主を見据えた。
見ただけで射殺されそうなその圧力も、すべてを包み込む静かな光の前には、やんわりと包み込まれ、羽のように散らされていく。
七君主は、歯をかみ締め、血を吐くように罵りの声を上げた。
「ク…マサカ、ココマデ来テ…」
『魔王を復活させるか、愚かなものよ。イオス亡き今、それは、世界の均衡を崩し、結局はお前達の存在をも危うくするものであるというのに』
後ずさる七君主へに対し、不死鳥は、冷徹に言い放った。
気圧された表情を見せたのも一瞬、七君主は金の髪を振り乱して、嘲笑う。
「ア…ハハ!! 例エ 全テガ 均衡ヲ 崩ソウト 一時ノ快楽ガ得ラレレバ、ソレデイイ!! ソレガ、僕タチ 魔族ノ 存在意義ダトハ 分カッテイルダロウ、ノニエル!!」
『…』
愚かな、哀しきものよ。
そう、不死鳥はこぼした。
ただをこねる子供への、あきらめにも似た静けさが漂っていた。
七君主を――あらゆる種族から、恐れ、いとわれ、恐怖されるそんな、七君主という存在を相手にして。
『…私に向かってくるか?』
時の女神、不死鳥は、ゆるく首を傾げてみせた。
「ノゾムトコロ」
七君主は、口惜しげな表情のまま、応じる。
闇と光は、見つめあい。
仕掛けたのは七君主の方だった。
「カッ!!」
目を見開いて、彼は咆哮した。
一睨みで生まれた渦巻く炎は、不死鳥と七君主の間に倒れていた、何人かの『ダグラス』を一瞬で蒸発させながら、一直線に不死鳥に向かう。
あらゆるものを、骨の髄まで焼き尽くし、あとかたもなく消失させる、地獄の業火。
しかし、地を炭化させるほどのその炎も、不死鳥に届く寸前で、急に勢いを失して、消える。
驚愕に後ずさる七君主。
対する不死鳥は、謳い上げるかのような優雅さで、冷笑を放った。
『炎の化身たる我に、かような不浄なる炎が届くと思ったか。呆けたな、七君主』
「!? ク…シマッ…!!」
『次はこちらから行くぞ』
不死鳥は、優美な首を天に向ける。
不思議な旋律――懐かしい、波のゆらめきのような音色が、その羽ばたきに伴って、人間の耳を優しくなでた。
『砕け散るがいい…――邪悪なる力よ!!』
「ア…アァアアアアアア!!」
その瞬間、生まれた光は、七君主ごと黒く猛る魔力を呑み込んで、昼ともみまがうかのような白い光の濁流が、天に向かって突き抜けていった。
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