Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第八章 全ての始まりの時 
* * *
「あ…」
 ティナは、不死鳥の操るまばゆい光に照らされながらも、はっと目を見開いた。
 『時の女神』の放つあまりに強い光の衝撃のせいか…――黒き竜に導かれるように浮かび上がっていた六つの『闇の石版』が、天頂まで押し上げられたかと見えると…――弾かれて、流星のように、散っていった。
 黒い魔力の渦を突き破って、軌跡を描きながら四方八方にはじけ飛んでいく。
 それは、はっとするような幻想的な光景だった。
 地上から突き上げられた青白い光が、流星のように黒い空を翔る。
 幻想的で、美しくて、ほれぼれするような――七君主の黒き竜を突き破って、あたかも光の奇跡が起こったかのようにすら、見えるものだった。
 思わず、うっとりと見入ってしまう光景――
 ――ばらばらとはじけ飛んでいくのが、『闇の石版』でさえなければ。
「う…うそ…」
 七君主が消えると同時、ティナの魔力も底をつき、不死鳥も消えていく。
 ぺたん、と床に座り込む。
 脱力感が、一気に襲ってくる――

「くそっ…覚えていろよ!!」
 随分と新鮮味に欠ける捨てゼリフを残して、意思ある『ダグラス』は、血まみれの身体を翻し、空間魔法で虚空へと消えていった。
 後には、何人かの『ダグラス』たちの死体とティナたちだけが残る、がらんとした、降臨の間があった。
 魔王復活の呪文が完成した時に、吹き飛んでしまった天から吹き込む夜風が、ティナの髪をさらっていく。
 部屋につながっているいくつかの扉から、詠唱の間に一瞬、何人かの人間の影を見た気がしたのだが、あまりよく覚えていなかった。
 とりあえず、終わったのだ。
 良いにしろ、悪いにしろ。
 へたりこんだままの彼女に、近寄ってくる人影が在る。
 ちらりと目線を遣ると、カイオスとクルスだった。その向こう、壁にもたれかかる形でアベルがいまだに眠りこけている。
(もしかして…アベルずっと寝てた?)
 目の前であれだけのことが起こっていながら、眠り続ける根性は生半可なものではない。
 それはそれで、すごい気がする。
 さすが王家、一味違う。
 と――
「…結局、残ったのは、お前の持っていた石版だけか」
 傍らまで歩いてきたカイオス・レリュードが静かに聞いてきた。
 その青い眼が見ている先――自分の手がずっと石版を握り締めていたことをやっと気付いて、ティナはほうっと息をついた。
 何となく悪い気がしながらも、頷くしかできない。
「う、うん…。ごめん…なんか、他のやつ――ばらばらに飛んでちゃったみたいで」
 座ったまま見上げた青年は、表情は読めなかったが、
「…別にそのくらい構わないだろう。魔王が復活するよりは」
 淡々と言った。
「う…うん」
「そーだよ、ティナ!! お疲れさま!!」
 元気な声と共に、黒い瞳が、無邪気にティナの前に現れる。
 かがみこんで、覗き込むようにティナに声をかけたクルスに、彼女はふっと笑った。
 彼の笑顔に触れているうちに、だんだんと実感がわいて来る。
 ティナはふっと息をついた。
「あー…。とりあえずは、終わったのね」
「うん!!」
「何か、ホントに疲れたわ」
 一気に緊張が解けて、ティナはたまらず床に転がる。
 汗ばんだ額にじかに当たる風が、とても心地良い。
 傍らの少年が、驚いたように声を上げた。
「すっごいケガだよ! 手当てしなきゃ!!」
「あー、よろしくクルス。なんだか、さんっざんだったわー」
 自分で言いながら、本当に大変だったと、ティナはこれまでのことを何となく振り返ってみる。
 王女の護衛とか、石版の濡れ衣とか、考えてみればささいなことだったかも知れない。
 まさか――七君主とタイマンをすることになろうとは、彼女は想像だにしてなかったのだ。
「あ、そーだ」
 ふっと石版で思い出したことがあって、ティナは上半身を起こした。
 クルスが回復魔法をかけてくれている事もあって、ほんの少しずつではあったが、痛みと疲れは和らいでいた。
 それでもゆっくりとした動作で、ティナは手の中の石版を、カイオスに向かって差し出した。
「はい。返す」
「?」
 差し出された方は、怪訝そうに眉をひそめる。
 そんな彼に対してにっこり笑って、ティナはもう一度言った。
「返すわよ。あんたが持ってたヤツでしょ」
「…」
 一瞬だけ迷って彼は、それを受け取った。
「…悪かったな」
 ぼそりと――本当に口の中で呟かれた言葉を拾えなくて、ティナは眉をひそめる。
「は? 良く聞こえな…」
 聞き返す前に、クルスがうにゅーっと言葉を挟んだ。
「ティナはやさしいねぇ。カイオスに石版とられても、ちゃんと怒らずに返したんだね!!」
「べっつに怒ってないわけじゃなかったけど…――いろいろあったし…」
「いろいろ?」
「うーん、てか、まあいきなり殴られたときはびっくりしたけど…その後、石版、なんかとられていっちゃってて…」
「…」
「…」
 ティナが不自然に言葉を止めた。
「…」
 『肌身離さず』持っていたあたしの石版、さあ彼は『どうやって』取っていった?
「見たの?」
「何をだ」
 電光の如くの二人の真剣なやりとりに、クルスは一人、首を傾げていたが、
「…まさか、カイオス、石版をとるためにティナの体探っちゃったりしたの〜?」
 わざわざ、口に出して、大声で、確認した。
「………」
 年若き左大臣は、ふっと目線をそらせた。
「ぎゃーなんでそこで黙るのよ!! ちょっと、あんたそんな顔して、ホントにあたしの身体をもてあそんだっての!? ひどい最低信じられない!! あたしの純潔返してーー!!」
「…悪いが、そこまではやってないぞ」
 さすがの否定に、クルスが付け足す。
「そもそもあんま見れるとこがなかったし?」
「ああ」
 さらりと頷いたカイオスに、ティナは顔を真っ赤にした。
「!!! ちょっと、タダ見した挙句、何ソレ、ぶっっとばすわよ!?」
「………」
 もの凄い剣幕で、ティナが顔を真っ赤にして怒ったところで、タイミングよく目が覚めるのは、彼女である。
「う…ん。…何ですか、うるさいですねぇー」
「あ、アベルがおきたぁ」
「…これだけうるさければな」
「誰のせいよ」
 王女は、まだ半分夢の中にいる瞳を数回瞬いて、おもむろに辺りを見回すと、
「え、あれ? ティナさん、何でそんなにぼろぼろなんですか?」
 首を傾げて、まず最初にそう聞いた。
 ティナは思わず苦く笑う。ぱたぱたと手を振って、
「あー…話すと長いからね。けど、終わった。全部、終わったの」
 にっこりとアベルに微笑むと、彼女も笑い返してくれた。
 とことことティナの方に近づいてきて、ちょこん、と傍らに座り込む。
「あ、そうだ、カイオスと何かあったみたいですけど、ちゃんと仲直り、できましたか?」
「あ、そーなのよ、聞いて、アベル!! 酷いのよカイオスったら、あたしの身体を弄んだ挙句、魅力がないからってあっさり捨てたのよ!?」
 随分と脚色が進んだ被害妄想だったが、アベルは神妙に頷いた。
「え? いつものことですよ?」
「「!!!」」
 これには、ティナだけでなく、クルスまでもが目を見開く。
「そ…そーだったの…」
「そーだったんだ!!」
 じーっとカイオス・レリュードを見つめるが、
「…」
 本人は、涼しい顔ですでに無視を決め込んでいた。
「ま、今のは冗談ですけどね」
「冗談だったの!?」
「本気にしちゃったよ!!」
「ふふっ」
 しゃれにならない笑顔を浮かべて、アベルはくすくすと笑う。
「こんな埃っぽいところは、いい加減に出ませんか? 服が汚れてしまいますよ」
「そーだね。ティナ、動ける?」
「うん。何とかね。じぁあ行きましょうか」
「…」
「わー、ここの建物は吹き抜けなんですね? 星がきれいですよ」
「アベル…あんたっていいわねえお気楽で」
「?」
 わいわいといいながら、ティナたちは降臨の間を後にしていく。
 最後尾のカイオスは、最後にふっと一瞬だけ後ろをふりかえった。
 倒れた『ダグラス』たちを一瞬映して、あとは立ち止まらずに、歩いていった。

* * *
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