Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第八章 全ての始まりの時 
* * *
――『光と闇の陵墓』降臨の間 隣室



「…行くわよ、レイザ」
「はい、七君主様」
 堅い顔をしたカオラナに、不興を買うような振る舞いはできず、粛々としてレイザは従う。
 しかし、胸の中は、安堵で満ちていた。
 石版は砕け散ってしまったけれど――魔王の復活は、阻止する事ができた。
(…よかった…)
 ほっとすると同時、彼女は、一番止められる立場にいたはずの自分の…祈る事しか、他人に何とかしてもらう事しか考えていなかった…そんなふがいなさを、一方で微かにかみ締めていた。


――アレントゥム自由市 元市街地



「お、いたいたロイド!!」
 町人達の救助に駆け回る、海賊の船長を、ゼルリアの将軍達が見つけたのは、光の奇跡から随分と経ったころだった。
 ローブの方はいつもの通りに見えたが、一方どこか疲れ切って夢見た後のように、気が抜けた表情をしたアルフェリアは、力なく口だけで笑ってみせる。
「ただいま。ちゃんと副船長のめんどう見てやったぞ」
「…」
 ローブの向こうで険悪に視線が細まるのを、半ば確信的に予想して言った言葉に、ロイドは純粋に喜びの表情を向ける。
「おお、二人とも、無事だったか。二人が行っちまってから、遺跡の方で闇とか光とかが暴れてて、大丈夫かなって思ってたところだ!」
 にかっと彼特有の人懐こい笑顔を満面に浮かべたロイドは、あ、と二人に向かって言う。
「そーだ、帰ってきてさっそく悪いんだけどな、怪我してるヤツとかいっぱいいるから、手伝ってくれよ。人手が足りないんだ」
「ロイド…」
「おめ、一応海賊だろーが。なんか、人助けが似合いまくってんぞ?」
「いーんだよ。オレはどっちかってーと、義賊に近いんだから!!」
「そーだったんかい」
「…」
 だーもー、さっさと行くぞっとロイドは腕を振り上げて入っていく。
 二人はやれやれと後を追い――日常に戻っていった。


――アレントゥム自由市郊外



「石版が砕け散ってしまった以上、また一から集めるしか、ありませんわよねぇ」
 すっかり静寂を取り戻した闇の中で、ジュレスは物憂げに息をつく。
「そーね。ま、通りかかった船ってことで、しばらく一緒にいましょうか」
「そうですわねぇ。――あらためまして、よろしく、ウェイさん」
「こちらこそ」
 二人が、ふっと微笑みあったときだった。
 いきなり、空間が割れた。
「…え?」
「!?」
 二人が身構える間もなく、空間の狭間から現れた金髪の男は、女たちを見て何か言おうと口を開くが、
「…」
 そのまま崩れ落ちた。
「な、何なんですのよ」
「ちょっ…ひどい怪我」
 彼女たちは顔を見合わせ、恐る恐る倒れた男に近づいていった。


――アレントゥム自由市 避難所



「よぉ皆ぶじだったんか。何よりや」
 キルド族の一団を見つけて、気安げに近寄った少年に、仲間たちは驚きと安堵をこぼした。
「ナナシ!! お前、どこにいっとったんや」
「ちょい用足しや」
 おどけて肩を竦めると、失笑が漏れる。
「お前…勿体ないことしたなあ」
「さっき、すごいモン見れたんやで。あれは、一生モンやな」
「へー、そーなん。そんなら、オレも見たわ。特等席や」
 何ウソ言い…。と、途端にツッコミが入る。
 自然に仲間たちに溶け込みながら、『ナナシ』と呼ばれた少年は、少し悲しげに笑っていたのだった。


――ミルガウス『鏡の神殿』



「何か、助かったみたいだのぅ」
 もうけたわい、と光の奇跡を目にしながら、情緒も何もない感想を漏らしたミルガウスの国王は、
「サリエル」
 飄々と、自分の臣下を呼んだ。
「は」
 サリエルは一際気を込めて、勢い良く跪く。
 それを皮切りに一気に礼節を思い出した兵士達が一斉に跪いていった。
 その筆頭に立って深く頭をたれた、軍部を司る右大臣に向かって、ミルガウス国王ドゥレヴァは、柔らかい瞳を向けた。
「みなのものも。今日はもう休むがよい」
「な…国王。しかし、鏡の神殿が…」
 国王の言葉に、場が一斉にざわざわと騒がしくなる。
 流石のサリエルも、兵の無礼を止めることができなかった。
 神殿がおそわれ、そして不気味な光が流星のように、空を駆けた。
 こんな日に限って、もう休めなどと…!!
「まあ、数人は残っておいた方がいいかも知れんが。――休んでおいた方がよい」
 国王は、自らも草を踏み分け王城の方へ帰還しながら、背中で語った。
「多分――忙しくなるだろうからのう」
 サリエルは、頭をたれたまま、それを聞いていた。
 なぜか、妙に確信めいた気遣いだと、そう思っていた。


――『光と闇の陵墓』降臨の間



 静寂に包まれていた、降臨の間に、ふっと生暖かい風が吹き込んできた。
 それは、渦を巻くとやがて人型を取ってやれやれと空を仰ぐ。
 金色の髪。
 赫い血玉の瞳。

「不死鳥メ…ヤッテクレル」

 忌々しげに虚空を見つめた七君主は、空に語るように、面をあお向けた。

「ケド――アノ程度ジャ、僕ハ死ナナイ。ヌカッタナ…ノニエル!!」

 終わらせないよ――あの方は、必ず復活させる。

 そう、呟いて。
 彼は、虚空に解けていった。

* * *
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