Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  終章 旅立ち 
* * *
――ミルガウス王国



 こんこん、と。
 軽いノックの音がして、ティナは顔を上げた。
 クルスと目を見合わせて、はい、と返事する。
 彼女たちにあてがわれた、最高級の客室の扉を開けて、顔を覗かせたのは、この数日間で、すっかりなじみになったミルガウス国右大臣、サリエルだった。
「やあ、たびたびすまないな」
 よっと軽く手を挙げたサリエルは、見るたびにやつれていく気がする。
 いろいろと『後始末』が大変なのだろう、とティナは密かに心配していたが、今日のサリエルはどこかつき物が落ちた、明るい顔をしていた。
「ううん。お疲れさま。えっと…また、話を聞きに来たとか?」
 立ち上がって首をかしげティナは先回りをする。
 しかし、軽く首を振って彼は否と言った。
「いや…今日は、二人に頼みがあってきたんだ」
「え、あたしに?」
「オレに?」
 自分をさして目を見開く旅人たちに、サリエルは首肯する。
「まあ、かけてくれ。ちょっと長くなるから」
 そう言って、彼は薄く微笑んだ。

 ティナたちがアレントゥムからミルガウスへの帰国を果たしてから、彼女達はこの部屋に通された。
 アレントゥムは崩壊し、闇の石版はばらばらに砕け散った…――。そのすべてがティナのせいというわけではないが、闇の石版の離散だけは、明らかに彼女に責任がある。いろいろ質問攻めにされたり、場合によっては責任をとらされることも在るかも知れない、と半分覚悟していたティナの予想に反して、彼女達の待遇は、まるで、『七君主に立ち向かった人間』に対するかのような、かなりすばらしいものだった。
 ただ、少し話を聞かせてもらいたいということで、かなりの高級な部屋に通されて、もう二十日くらいは経つか。
 部屋で聞いたサリエルの話によると、アレントゥムに赴いていたカオラナ王女一行も、運良く崩壊に巻き込まれる事なく、無事に帰国を果たしたらしい。
 帰国して別れたきり、一度も会っていないカイオスやアベルのことが気になったが、ティナはあえて考えないようにしていた。
 しょせん彼らは、ティナたちとは違う世界の住人。
 多分、もう会うことはないのだろう。
 しかし、彼女たちのもとをたびたび訪れたサリエルは、ティナのことではなく、むしろカイオス・レリュードについてをなぜか聞きかたがった。
 本人に聞けばいいのに、と思う半面、ティナとしても、言葉を濁すしかない。
 彼のことは、他人であるティナが軽々しく話していいことではないだろう。
 いくらティナでも、そのくらいのことは、わきまえていた。

「………。と、いうことだ。こちらとしては、迷惑をかけてすまないと言うほかない。受けてくれるかどうかは、君たち次第だが」
 用件を話し終えたサリエルは、そう結んで、ティナたちの顔を覗き込む。
「うー。オレは、ティナの言うほうでいいよ」
 あっさりと答えをティナに託したクルスは、手に持った果物を頬張りながら、彼女の方を見つめた。
 サリエルの視線も自然とティナに集中し、彼女はちょっと言葉をにごす。
 ティナなりに慎重に、言葉を選んだ。
「ねえ…たとえばここであたしが、『いやだ』って言ったら、どうなるの?」
 どこか試すような言い方になってしまったが、サリエルは生真面目に頷いて、応じる。
「どうもしない。君たちを信じて、自由にする」
「あいつは…納得してるの?」
「それは――まだ、分からない」
 ゆるぎない右大臣の黒い瞳をじっと見返して、ティナはしばらく言葉をとめた。
 クルスが、そしてサリエルが、息を詰めて彼女の言葉を待つ。
 十分過ぎるほどの間をおいてから、ティナはひとつ、深く頷いて見せた。
「分かったわ。――わたしの、答えは…――」

* * *
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