Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第二章 すれ違いのデライザーグ 
* * *
 昔――ミルガウスが、まだソエラ朝と呼ばれていた頃、現在から百年ほど遡った昔。
 婚姻政策や武力を使って、たくみに周囲の民族との調和を果たした、ソエラ朝の王がいた。
 ソエラ朝第六十三代国王デュオン。
 彼が達成した、民族の統合、そしてソエラ朝最大版図の実現。
 後の歴史は、それを大融和時代と呼び、称える。
 かの王は、婚姻では『異民族』と呼ばれる青銀髪碧眼の一族を、王家の血筋に迎え入れ、異民族との懐柔を図り、武力政策においては、第一大陸中央に湖のように広がった版図を、一気に南北に拡張、大海の如く展開した。
 とくに武力を用いた他国の制圧の、その怒涛の快進撃において、常に軍の先頭に立った一人の女性が居た。
 時の王の、『妾(めかけ)』。
 卑しい身分ながら、戦争におけるその才能には目を見張るものがあり、その多大な戦功と微かな羨望から、人々は密やかに彼女を『妾将軍』と称え、畏れた。
 しかし、彼女のソエラ朝に対する大きな寄与に対し、時の王デュオンは、たかが自分の妾に官位や褒賞を与えることはないと、外聞を慮って、妾将軍をなんら評価することはなかった。
 豪胆な彼女は、その仕打ちに逆上、彼女に従う者たちを集め、北方の地――現在のゼルリアで乱を起こし、かの地を分離、独立させセドリア国と称した。
 『妾将軍』の――黒髪黒目の民族による、現地の人間の平和的支配。
 当時から関係が悪かった、アクアヴェイルへの牽制にも優れた働きを示した無法の新大国、セドリアに対し、ソエラ朝は後にこの国を追認し、以後北のセドリアと中央のソエラ、この二国は代々同盟関係を築いていく。

 その後、家柄や性別によって侮られることをひどく嫌った苛烈な妾将軍は、戦う術なき弱き者を守ることを重んじながらも、実力者がものを言う、覇道の国を実現していった。
 一瞬の油断が死を招く極寒の国で、彼女の生き様と覇道の考えは、その後百年にわたり長らく重んじられ、実践されていくことになる。

 『妾将軍』の築いた、極寒の軍事大国、ゼルリア。
 本名も英雄像も、肖像画さえも伝わらぬ彼女の存在を、建国から唯一名の変わることのない、首都『デライザーグ』だけが、刻々と伝える――。


――ゼルリア王国首都デライザーグ 港



 青い海。白い雲。
 さわやかに吹き抜ける、しかし、身を切るような北の風をその身に受けながらも、海賊船の船長――ロイドは、いつものように朗らかな笑みを、その若い顔に浮かべた。
「おー、着いた着いた」
 取れたての魚介をさばく者、それを買おうとたかる者。
 行き交う人の波であふれかえったゼルリア王国首都、デライザーグの港は、アレントゥムやミルガウスに比べ、気候の厳しさから淡白な石の建造物がそっけない色彩を織り成す中で、忍び寄る冬を吹き飛ばさんといわんばかりの活気と喧騒に満ちていた。
 堂々と入港したロイドの船の海賊旗が、海風と陽の光を受けてはためいている。
 しかし、特に騒ぎにもなにもならないのは、ゼルリアが、世界最強の海軍の大半を、海賊から募兵している事情による。
 海を挟んだ隣国、アクアヴェイルとの関係は、常に不安定だ。
 当然、両国の間に横たわる、不可分の『海』の領分を巡って、たびたび小競り合いが勃発するのだが、そのたびに自国の海軍を駆り出すのもめんどうなので、『ちょっとした』争いは現場で『海賊』を雇って済ませてしまうことが多かった。
 そのお陰で、両国の間の海は、ならず者達の溜まり場のようになっており、それはそれで問題ともいえるのだが。
 ただ、ならず者とはいえ、こういったいざと言う時の『戦力』をあまり邪険にできるものではない。
 ロイドたち海賊船の入港も、そういった事情から、事実上の黙認されているに過ぎないのだった。
 ただ、街中で騒ぎを起こせば、さすがに権力の手が伸びるので、あまり表立った騒ぎは起こらず、町の治安が悪いわけではない。
 一方で、『表立った』ところではない――いわゆる闇市あたりでは、人身や禁じられた『商品』の取引が秘密裏に行われている。
 そんな後ろ暗いものも、同時に吐き出す港なのだ、このデライザーグは。
「やっと帰国かよ」
「…まあ、今回は仕方ないですよ」
 人懐こい笑みを浮かべながら、てきぱきと下船の指示を出すロイドの背後では、ゼルリア将軍の二人、黒髪を気だるげにかきあげた男と、栗色の髪を風に流した女が、やれやれといった風に呟いていた。
 黒曜石とはしばみの色をした瞳が、一瞬絡まりあって、すぐに解ける。
 互いが互いに、今回の『任務』について思っていることを悟って、二人はしばし口を閉ざした。

 第一大陸中央に広がる、世界の頂点に君臨する大国ミルガウス。かの国の護る闇の石版が『何者か』に持ち出されたことを受けて、同盟国ゼルリアもアレントゥム自由市の方面に、兵を派遣することになった。
 国同士の機密に関わること、そして、相当の危険が伴う事情から、国王じきじきに抜擢された二将軍、アルフェリアとベアトリクス。
 共も連れずゼルリアきっての武勲を誇る二人は、さっそくアレントゥムに向かったのだが、そこで凄まじい体験をすることになってしまった。
 軍を展開しなかっただけ『ゼルリア国としての』被害は少なかったが、多くの人間の命が、全く無残に散ってしまうこととなってしまったのだ。
 『アレントゥム自由市崩壊』。そして、さらに最悪なのが、『闇の石版の決壊』。
 いろいろな憶測も飛び交ったものの、全てが『起こってしまった』今となっては、何がアレントゥムで起こったのか、想像するしかないが、なす統べなく砕け散った闇の石版は、一刻も早く回収する必要がある。
 だが、崩壊した都市は、しばらくは各地への交通もままならなかった。
 現状をいち早くゼルリアに持ち帰る必要のあったに将軍に、旧知の間柄であり、王の義弟でもある海賊の船長ロイドがゼルリアまで送ることになったのだ。
 ただ、、先の『アレントゥム崩壊』時にひどく破損した船を修理するのに時間がかかり、結局崩壊の日から一ヶ月近く経ってしまったのだったが。
 もちろん、手紙やなにやらを書く暇も無かったし、そんなものを書いたところで伝達の手段もなかったろう。
 膨大な時間を、経てしまった。
 とにかく、一刻も早い報告を。
 その思いがあって、船が停泊するや否や、二将軍は、早速下船の準備にとりかかる。
 その性急な様子を見て、ロイドは残念そうに眉をひそめた。
「もー行っちまうのか?」
 それを皮切りに、海賊たちが駆け寄ってくる。
「もっと、ゆっくりしていけば、いーのによ」
「そうだ、もう少し、居ろって」
「いろいろと話したかったんだけど」
 だが、別れを惜しんでくれる彼らに向かって、将軍の一方――黒髪のアルフェリアは、やんわりと首を振った。
「手紙一つ書いてないからなー。さっさと帰城しねーと、死んだってことになっちまう」
「そっかー」
「いっぺん死んでりゃ、その性格も直ったかも知れねーのになあ」
「なんだと、この。もっぺん、言ってみろよ!」
 ははは、と男たちの笑いがはじけ合う一方で、栗色の髪をした女将軍は、女コックに向けて、頭を下げた。
「今回も、お世話になりました」
「いーのよ。そっちも、がんばってね」
「はい」
 笑顔で見つめあって、そして彼らは一時の邂逅を終えた。


「…どこに行くのですか? アルフェリア」
「あー、ちっと街を回っていくわ。お前、先に帰城しといて。国王への報告と我らが同僚どのたちへのあいさつ、よろしくなー」
「『あそこ』ですか」
「そ」
 下船してすぐに、黒髪の将軍はそういい残して、さっさと市街の方に足を向けてしまった。
 結果的に取り残される形になった、今一人の女将軍ベアトリクスは、後姿が雑踏に紛れる前に、再び一歩を踏み出す。
「まったく…仕方のない」
 ただでさえ、連絡もなにもなく、遅きに遅きを重ねた上での帰還だ。
 国王はともかく、一人で『同僚』の相手をするのは、なかなかに骨が折れそうだった。
 しかし、消息の不明を言うのならば、彼が向かおうとしている先には、アルフェリアが、真っ先に生還を知らせたいと思っている相手が待っていることも確かで。
「これは――、一つ貸しですね」
 どこか楽しげに笑って、彼女は、洗練された優雅さでさっと背を翻すと、早足に城を目指した。

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