Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第二章 すれ違いのデライザーグ 
* * *
――デライザーグ検問所



 クルスはがんばったのだ。
 アベルとティナが行方不明になってから、一週間が経った。
 ティナはなぜか単独でゼルリアに向かっているらしいことは分かったのだが、アベルのほうは、自分が眠りこけている間にさらわれてしまった。
 その時傍にいなかったカイオスは、きっと自分のことを信頼して、その場を任せていてくれていたのに違いないだろうに、それを裏切ってしまったのだ。
 クルスは、深く反省した。
 そして、アベルをさらった盗賊団を壊滅させ、そこにとらわれていた少年少女たちを村に送り届けた後、お礼の宴を、ごちそうを、こころからのもてなしを一生懸命我慢して、カイオスとともに一路ゼルリア王国の首都、デライザーグを目指したのだった。
 ご飯だって、普段に比べれば小食だったし、早足の彼に精一杯遅れないよう付いていった。
 お陰で、ふだんよりもずっと早く、ゼルリアにつくことができた。
 もちろんカイオスと会話なんてないから、ろくにおしゃべりもできなくてそれはそれは寂しかった。
 それも、ゼルリアの首都、デライザーグに着くまで、と必死に耐え忍んでいたのだ。
 とにかく、クルスはがんばったのだ。

 しかし、たどり着いたデライザーグの検問所で、クルス最大の関門が待ち受けていた。



 ばん、と机に乗ったコップの液体が飛び散るほどの勢いで手を振り下ろし、小柄な小太りの男は、短い首をカメのように竦めて、唾を飛ばしながら怒鳴り散らした。
「このわしの目の黒いうちは!! 我が祖国ゼルリアに害を成しに入国することは、絶対に認めんぞ!! この、アクアヴェイル人が!!」
 真っ赤になった丸い顔の真ん中で、ちょび髭が逆立っている。
「…」
「カイオスぅ…〜」
 茶髪の少年、クルスは黒い瞳を困ったようにくもらせて、情けない顔で相手を呼んだ。
 だが、兵士はもとより少年すらもまともに取り合ってくりない『相手』は、案の定、無言で目を伏せたまま。
 この、不遜な態度が、さらに兵士の怒りに触れたらしい。
「何とか言わんか!! この、異国人めが!!!」
「………」
 いくら声を張り上げようと、反応は相変わらずで、さらにそれに激昂した兵士の怒りが、延々と吐き出される悪循環に陥る。
 耳を塞いだ、兵士の同僚の、気の毒そうな目線を受けながら、クルスは、自分はどこで道を誤ったのだろう、と少年なりに真剣に考えていた。

 自由都市を自称するアレントゥム自由市と違って、ゼルリアの首都デライザーグではそれなりに厳しい検問がしかれている。
 それを通ろうとしたところを、この小太りな酒樽兵士に呼び止められ、路上で執拗に尋問を開始された。
 道を塞ぐは、人だかりができるはで、余りのことに見かねた酒樽兵士の同僚が、検問所の内部に二人を招きいれたが最後、身元調査と称して酒樽兵士に怒鳴られ始めて、随分になる。
 クルスのお腹の限界も近い。
 気力の方も、限界だった。
 さっきから、少年の胃袋は悲しい歌を歌い続けているのだが、しかし、酒樽はいつまでもクルスと、『怪しいアクアヴェイル人』を通してはくれない。
 カイオスのことだから、こんなことをするのは、何か考えがあるからなのだろうが、何を考えているのかがさっぱり分からないことが、クルスのつらい現実だった。

 酒樽兵士の行動は、やりすぎではあるが正当な理由がある。
 当地、ゼルリアでは、その昔『妾将軍』と称えられた一人の女性によって、建国がなされて以来、常に海を挟んだ隣国の多島群国家『アクアヴェイル公国』と戦ってきた。
 今現在は、一時的に危うい冷戦状態が続いているが、当然、両国の交流はないに等しい。
 海を一つ渡れば、楽に物資の交換ができるのに、わざわざ反対周りに物流を流し、意地でも直接的に関わろうとしないことで有名だ。それに乗じて、ミルガウスが関税で大もうけしている側面もあるのだが。
 両国間の海域は、いつ海戦が開かれ傭兵の募集がかかってもいいように、多数の海賊船がひしめき合い、ならず者の巣窟と化している。
 そんな、ゼルリアにとっては永遠に相容れないとさえ思われるような、アクアヴェイル人の容貌は、金髪青眼だったのである。
 ということで、特別な許可証もないのに、素で堂々と検問に差し掛かった彼らが行く手を阻まれたのは、ある意味当然のなりゆきだったといえた。

「何をしに来た、アクアヴェイル人、吐け、吐けぇ〜!!」
 顔を真っ赤にした、愛国心あふれる酒樽兵士は、依然と、叫び続ける。
 検問の窓の外から何事かと覗きこんでくる人々を、苦笑いで取り成しながら、相方の同僚が、ぼそりと呟いた。
「…堂々と入ってくるようなのが、何かしようってヤツかよ」
 例えば、間者や、情報収集に送り込まれてくるような人間ならば、もっと波風の立たない入り方をする。
 わざわざ騒動を引き起こして、わざわざゼルリアの兵士の記憶に残るようなまねはすまい。
「何を呆けている、貴様!!」
 振り向きざま、酒樽が一括して、同僚は肩を竦めた。
「わざと、騒動を起こして、われわれの注意をひきつけ、どこかでコトを起こすつもりかもしれんだろうが!! 実際に最近は、アレントゥムのことがあったりだとか、巡視船の帰りが遅いだとか、何かと穏やかじゃないだろうが!! 疑わしき人間が疑わしきことをしていれば、とりあえずの目的を聞き出し、陰謀を最小限に食いとめるのが、我ら兵士の役目!!」
「あっそう」
 肩を落として、同僚はげんなりと呟いた。
 この大音量での責め苦に、長時間さらされて平然としていられるものは、あまりいないだろう。
 『とりあえず』に、何時間費やす気だろうか、この、バカ男は。
「――バカじゃないな」
「?」
「にゅ?」
「何ぃ? なんだとぅ?」
 さらりと、言葉が差し挟まれて、その場にあった全ての関心が、一気にそこに傾いた。
 大音量攻めに、表情ひとつ変えず平然としたままだった『アクアヴェイル人』は、冷めた青眼をつっと上げた。
 小太り小柄でちょび髭の、驚いた面をした男がその湖面のような青に映りこむ。
「だが、陽動を疑うのならなおさら、こんなところで俺たちを止めている場合でもないんじゃないか」
 むしろ、こんなところで騒ぎたてている方が、相手の思う壺だ、と淡々と言い切る。
「あ、ああ…うむ…」
 酒樽が、咳払いをして、思案をするように黙り込んだ。
 冷静な指摘を、怒鳴り散らしていた当の相手方から受けて、どう反論したものか分からないのだろう。
 一気に静まり返った室内で、同僚兵士は舌を巻いた。
 すげえ。一気に黄金の静けさを取り戻した。
「だが、…あんたが何を考えとるかはっきりせんうちは、中に入れてやれんのだ」
「分かっている」
 さらりと落とされた言葉に、全員が目を剥いた。
 分かっていて――一方的にだが――わざわざ疑われるような態度を正さなかったのか。
 世はそれを確信犯と呼ぶ。
「あんた…」
「剣を渡したろ」
「あ、ああ」
 最初に、騒ぎ立てたとき、男は佩いていた腰の剣――見事な装飾で、しかも高価なしつらえだった――を外し、身分の証明になると差し出したのだった。
 一応、うけとったその剣を王宮に届けてはいたが、短時間に答えが返ってくるわけもない。
 それきり黙ってしまったアクアヴェイル人に倣うように、酒樽も口を閉ざし、今度は、男四人が詰め込まれた検問所に、どこか気まずい沈黙が訪れた。


――デライザーグ『市街』



「っんー!! 着いた!! 迷わずに着いた!! ゼルリアのデライザーグっ」
 こちらは検問を何一つ問題なくすり抜けてきた、ティナ・カルナウスである。
 ジェレイドと別れてから、一週間余り。
 栗色の髪を後ろに流し、日の光に紫の目を細め、眼前に広がるデライザーグの町並みをぐるりと見渡して、息をついた。
 やはりミルガウスに比べて随分と寒い。
 行き交う人の服装も、厚手で色彩の暗いものが多い。
 それでも、冬に備えた商品を売る路頭のクルド族や、流れの旅芸人たちががんばっているせいか、通りを行き交う人の数は大分多く、活気に満ちて賑わっていた。
 それこそ、寒さなど吹き飛ばさんとする勢いが、あちこちに上がっている。
 人は多く、町は広い。
 ティナは決してこういう雰囲気は嫌いではなかったのだが、この場合は少し問題だった。
「さって、どこに行こうかしらね」
 呟いて、彼女は手を唇に当てて考えてみる。
 はぐれてしまった仲間たちと、何とかして合流しなければ。
「あいつらに確実に会えるとしたら、王城か…。けど、あたしが行っても、閉め出させちゃうだけよね…」
 さて、どうしようか。
 考えながらも、それらしい一行はいないものかと、首をめぐらせる。
 彼女の紫欄の瞳が、ある一点で、ふと止まった。
 視界の遥か遠く、雑踏に紛れながらも見知った黒髪の少女が通りすぎていった――気がした。
「え、アベル?」
 さっそく会えるとは、好都合。
 踏み出しかけた足が、しかしふっと止まる。
「え…隣にいる男」
 随分とごつい、脂ぎった、筋骨隆々とした男が、彼女を引き連れていた。
 心なしか、腕を引っ張って、せかしているようにも見える。
 アベルの隣にいる男性といえば、無条件であの男しかいないのだが。
「………。カイオス、暫く見ないうちに、随分とたくましくなって」
 一瞬本気で呟いて。
「じゃ、なくって!!」
 あの男に限ってまさかそんなと思ったが、そのまさかが目の前で起こっている…。
「アベル…さらわれた?」
 無意識に駆け出す。
 しかし、その瞬間、すごい勢いで何かにぶかって、ティナは大きく後ろに投げ出された。
「つ…いったあ…」
 遠くばかりみていて、自分の前を見ていなかったせいだ。
 相手は無事かと、慌てて顔を上げた彼女の目の前に、ふっと手が差し出される。
 無骨だが、細くきれいな指だった。
「あ、どうも」
「大丈夫か。すまない、急いでいた」
「あ、すいません。こっちこそ」
 凛とした声。
 導かれるように立ち上がると、まっすぐな黒い瞳と向き合う。
 まっすぐな――決して折れない意志を秘めた、強い光を放つ瞳。
 精悍な印象からとっさに男性をイメージしたが、目線の高さはティナよりもわずかに下。
 肩をこすまっすぐなストレートの黒髪が、陽の光に艶やかに輝く。
 ほっそりとしたあごが印象に残った。
 ゼルリアの軍服に包まれた肢体は、しなやかに流れるような動作を展開していく。
(女の…人?)
 年はティナよりも少し上の程度か。
「本当に、すまなかった。失礼する」
 毅然とした様子でもう一度詫びると、彼女は再び雑踏にまぎれて行った。
「あ…」
 思わず、手を上げかける。その時、その背が人の波に消え行く刹那、彼女が手にしていた剣が――やたらと高価で華々しい装飾をした剣が、ちらりと目を薙いだ。
「え、あれ」
 確か、カイオスが腰に挿していた剣。
 一瞬だったが、あの豪華さは見間違えることはあまりないはずで。
「え…と」
 人の波に洗われながら、彼女はぽりぽりと頬を掻いた。
 なぜ、あんな真っ当そうな人間が、カイオスの剣なんか持って、慌てて走り去っていくのだろうか。
 疑問に対する答えは、いつまで経ってもわいてこない。
さらにその上、先ほどの衝突のせいで、アベルの姿も見失ってしまった。
 どーしようもないときに浮かんでくる、あきらめの笑みが、口元を歪めてしまう。
「何が…どーなってる、わけ?」
 さて、本気でこれからどうしよう、と彼女はとりあえず歩き出した。

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