「ルールは簡単。一対一で何でもあり。あ、相手はもちろんウチの副船長な。言いだしっぺだし。相手に片足つけた方が勝ち。一応獲物は公平に潰した剣を一振りずつ、な。けがしないよーに注意しろよー」
赤髪の男――ロイドと言うらしい――に先導されて、たどり着いたゼルリア国首都デライザーグの誇る港。
その一角に、他の船に交じるようにして、一般的な型の帆船が、停泊していた。
随分といろいろな戦場を奔り抜け――そしてその都度大事に修理されてきた跡の残るたたずまいは、一目見るだけで、乗員の船への愛着と、信頼を感じさせた。
だが、一般の商船と違うのは、たたまれた帆の間からちらりと見える、髑髏の印。
ただ今の場合、彼女、ティナ・カルナウスにとっては、そんなことは現在問題ではなかった。
自分の勘違いが招いたとはいえ、これに勝たないと、アベルが戻ってこないのだ。
クルス、カイオス、アルフェリアに付き添われ、船の――あからさまに海賊船の甲板を踏みしめた彼女の目の前に、一振りの剣が差し出され、赤髪の男がさきほどの言葉を紡いだ。
(け…ケガしないようにって…)
決闘と言い出しておいて、怪我しないようにとは、バカにしているのか、それとも本当にティナの身を案じての言葉なのか――。
ロイドの言葉は、いまいち釈然としなかったが、先ほどまで全開だった人懐っこい笑みをひっこめ、いたわるように言われれば、なんとなく心配してくれているのかな、とティナは思う。
年の若さ――二十をいくつも越えていないだろう――から言っても、彼が海の上で略奪をするさまは、全くといっていいほど、想像できなかった。
一方の彼は、ティナに付き添った三人の男たちの方に向き直って、
「あ、お前らは手を出すなよ!! 決闘は神聖な闘いだからなっ!!」
と念を押していた。
この場合、クルスは別にして、アルフェリアにしても、カイオスにしても、こうなった以上は付き合うしかないと腹が据わったのか、黙って頷くだけだ。
彼らの肯定の意思を確認して、満足げに頷いたロイドは、「じゃ、始めるぞ」と、甲板の中央に移動した。そんな彼の背中で、アベルは相変わらず、気持ちよさそうな寝息を立てている。
思い返せば、彼女はここ一番と言うとき、いつも連れ去られたり、眠りこけていたりする。
ふとそれに思い至ったティナは、それにしても、今ほどその幸せそうな寝息がこにくらしいこともないな、とちらりと思った。
そうこうしているうちに、甲板での喧騒に気が付いたのか、それまでは静かだった船内から数人の男女が現れる。
海賊の一味だろうか。
五六人といったところで、人数的にはかなり少ない印象も受ける。
「何よ、ロイド。帰ってきたんなら、帰って来たで…。あら、お客さん?」
口を開いてさっそくロイドに言い募ったのは、長身の女性。
灰色の長い髪が日に透け、細面の顔を明るい彩りに見せている。
勝気で、世話焼きな感じの、気のよさそうなお姉さんだった。
彼女が、実際海賊たちの心を代弁していたのだろう。
幾対かの視線に答えるように、ロイドはにかっと笑う。
「決闘しに来たんだ」
その、あまりに突拍子もない応えに、全員が目を剥いた。
お姉さんが、眉を逆立てて、ロイドに詰め寄る。
「な、…。こんな女の子に、決闘だなんて…っっ。何考えてるのよ、アンタ!」
「お、おれじゃねーよっ。副船長がそういったんだっっ」
「あんたってヤツはホントに全くどうしよーも…。………へ?」
「だから、副船長が、けしかけたんだよ」
いろいろ誤解があったんだけど、引き下がるにひき下がれないだろ。男に二言はないからな、と神妙に呟く。
女はまだ何が言いたげな様子だったが、同じようにロイドから刃を潰した剣を渡された副船長に視線をやると、ため息をついて引き下がった。
自然と人が輪を描くように立ち並び、その真ん中にティナとローブが残される。
「んじゃ…そろそろやるかい? 早いほうがいいだろ?」
「の、望むところよ!!」
「…」
海賊たちと将軍と左大臣と相棒が見守る中、ティナはローブの青年と真っ向から向き合った。
紛いなりにも白兵戦をやろうと言うのにも関わらず、ずるずると動きにくい服のまま戦おうとは、よほどこちらを舐めているのか、腕に自信があるのか…
(どっちにしても、よっぽど、顔を見られたくないみたいね…)
半ば呆れるように胸中でこぼして、ティナは剣を正面に構えた。
型どおりの、基本に忠実な構え。
だがしかし、相手は自然体のまま、特に構えた様子はない。
泰然とした雰囲気は、だが今の状況下では、さすがにティナの自尊心を刺激する。
(そんな、余裕なわけ?)
面白くない。
こうなったら、意地でも一泡吹かせてやるわ、とティナはじわりと重心をずらしていった。
そんな二人の様子を視界に収めて、ロイドがまだ何か言いたげな表情をしたが。
「じゃあ、やるぞー」
懐からコインを取り出して、それをふっと空中に放った。
日を弾く黄金のきらめきが、ゆるやかに放物線を描いたと思うと、絶妙な均衡でもって船べりに落ちる。
軽い、落下音。
刹那。
ガキっと刃を組み合わせ、二つの影は競り合っていた。
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