Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第三章 船上の決闘 
* * *
「くっ…!」
(速い…っ)
 ティナは、唇を噛んだ。
 かみ合った刃は、かろうじて均衡を保ったまま二者の中間で静止している。
 しかし一方は、平然と拮抗を続け、もう一方――ティナはその重さに歯をかみ締めた。

 ――初撃は十分な用意をしていた。
 相手の出方をある程度予想し、剣の軌道を瞼に描き、静かに呼気を整え、合図を待つ。
 男の投げ上げた、黄金色の硬貨。
 船べりに触れる、刹那。
 それを横目で見届け、瞬きの次に、視界を相手に移した、瞬間。
「!?」
 突風が、吹き付けた。
 いや、
(やばい!!)
 遠くに居た獣が、次の瞬間には喉元に迫り、自分の首筋に鋭利な犬歯を突きつけていたかのような感覚。
 背中にはしった悪寒を押し込め、何とか相手の剣に動きをあわせる。
 予想を遥かに絶するもの凄い瞬発力に、相手が悪すぎると眉をひそめたが、かみ合わせた刃は、意外にも耐えうる程度の押しの強さしかなかった。
 例えば――同じ『相手の悪さ』で言うなら、カイオス・レリュードの方が、よほどタチの悪い剣か。
 最初の一撃を凌げば、何とかなるかも知れない。
 しかし、彼女の甘い――甘すぎる見切りは、一旦刃を引き、構えなおした相手の動きに、見事に裏切られた。
「何…!?」


「おいおい…大丈夫かよ…」
 刃を合わせること、わずか一度。
 それで全てを見抜いて、黒髪の将軍――アルフェリアは、思わず声を漏らした。
 副船長と、アレントゥムで助けた女――ティナと言ったか。
 二人の知人が眼前で刃をかみ合わせている、という情景は、見るに忍びないものがある。
 だが、アルフェリアの懸念は、それとはもっと別のところにあった。
「副船長のやつ…ありゃ反則だろう」
「…剣舞か」
 アルフェリアの胸中を言葉にするように、隣のカイオスがぼそりと呟く。
 ちらりと横目で見遣って、ゼルリアの将軍は面白そうに目を細めた。
「よく知ってるんだな。『ミルガウスの左大臣』が」
「………」
「こんなことになっちまったけど…。オレ的には、ちょっと、あんたに個人的に話があるんだけどな」
「…」
 表情は気安く笑いながら、そばめた目に険悪な光が宿る。
 挑発するように、
「なあ? アクアヴェイル人」と呟いた。
 しかし、対する金髪の異国人は涼やかな調子で無反応を決め込んでいる。
 どこまでも受け流す態度に、やがて毒気をそがれたように、アルフェリアは視線を戦闘に戻した。
「まあ、…差し当たっては、ティナだよ。…あの子の腕じゃ、剣舞なんて見切れないぞ」
 すっかり元通りの彼の黒瞳の中には、ばさりとはためくローブの残像と、必死に応戦する少女の姿が映っていた。


 ゆらりと構えた自然体から、風がふわりと草の上に降り立つような動きで。
 青年のローブが残像を刻み付けるように、さらりと揺れた。
「!?」
 次の瞬間には、剣先がティナの喉元に迫ってくる。
 息を呑むのも一瞬、慌てて避けたティナの頬に、一筋の赤い線が入る。
 初撃の時にも感じた、突風が吹き荒れるような剣撃。
 奔放に見えて、しかし一定のリズムを取って、舞うように。
 弄ぶように振れるかと思えば、次の瞬きの時には鋭い弧を描いて翻る。
 顔がフードに覆われているせいで、呼吸が――動きが読めない。
 殺気や闘気さえも感じられなかった。
 それがますます相手の速さを上げる。
「くっ…!!」
 唐突に跳ね上がった刀身を、柄ぎりぎりの位置でティナは受けた。
 拮抗の刃は、徐々に押し返されていく。
 相手が強くなったのではない。ティナが疲れてきているのだ。
 一筋、一筋、流れていく汗が時を刻む中、完全に締まりきった脇が、更に内に追い詰められようとする。
(やば…)
 無意識に、ティナは悟った。
(この、ままじゃ…)
 押し切られる。
 相手の姿、呼吸の乱れ一つ耳によこさないローブの影が、急に威圧感を増した気がした。
 一気に勝負を、決める気か。
「………っの」
 くいしばった歯の間から、かろうじて声を絞る。
「ナメないで!!」
 刀身をずらして、そのまま刃を弾き返した。
 その時、汗で濡れた柄が滑り、予想外に深く切り込んでしまう。
 同時に、剣の重さに引きずられた身体が、一瞬ぐらりとかしぐ。
(やば…)
 思考が止まる。
 大きく振れた剣先がフードに覆われた頭部を掠め――
「…」
 すっとつま先を引っ込めるような挙動で、相手は一旦退いた。
(!? …)
 一見無駄のない動きに対し、しかしティナは眉をひそめた。
 今の動作…手が滑ったせいで、彼女は刀身にひきずられ、少し体勢を崩していた。
 もう一歩。
 踏み込めば、たやすく懐に入り込まれていたのに。
 その隙を見逃す相手には思えないのだが。
(どういうこと…?)
 しかし、状況は思考する間を与えてはくれない。
 軽やかに距離をとったローブの陰影が、一転、荒れ狂う疾風のように肉薄した。

* * *
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