「あ、ロイドとティナだー」
「本当ですね。二人とも、どうしたんですか?」
甲板に出ると、そこで遊んでいたらしいクルスとアベルが近寄ってくる。
そんな二人によっと手を上げながら、ロイドはにかっと笑って応える。
「今向かっている『妾将軍の宝の海域』の話だ。どーだ? 二人も一緒にきかねーか?」
「いいですね!」
「おもしろそー」
きらきらとした眼差しを返す子供たちに、ロイドはにっと笑って手招きした。
その様子を見ながら、ティナは何となくおかしく思う。
この中ではロイドが一番年長者のはずなのに――確か、二十一才と聞いた――、実際は彼が一番子供のようだ。
邪気のない笑みと温和な性格、そしていつも宝物を探すようにきらきらとしている目がそう思わせるのだろうか。
「じゃあ、話すぞー。そもそも妾将軍てのはだなー」
とっておきの秘密の宝物をこっそり教えるかのような慎重さで、ロイドはおもむろに切り出していく。
「そもそも、妾将軍てのは、よく分かってねー人なんだよ。顔とか、名前とか、出身とか」
「ほへー。まるで、どっかの国の左大臣ですねー」
ロイドの言葉に、すかさずアベルが口を挟んだ。
自分の国の左大臣を捕まえて、『どっかの国の』とは、よく言ったものだ。
ロイドは、それに対して軽く笑う。
「ははっ。ま、そんな感じだな。けど、もっとすげえのは、彼女自身がしゃべったこととかやったこととかが、本で残ってないってことだ。
大体、為政者ってやつは、――特に、自分の国を建国した人なら自分の功績を本に残して、後世に自慢するんだ。オレはこんだけのことやったぞーってな。
けど、この妾将軍は違う。自分がやったことを何も記さなかったし、何も残さなかったんだ。肖像画も名前も」
「へー」
「変わった人ですねえ」
クルスとアベルが頷く傍らで、ティナは少し首を傾げる。
「じゃあ、その『妾将軍』て人のやったこととか何も残ってないのに、どうして、『妾将軍の宝の海域』に彼女の宝が沈んでるって分かるの?」
「そりゃ、他の人がそういう伝説を口で伝えてきたからだよ」
純粋な疑問に、ロイドはあっさりと答えてみせた。
ティナは口の中で反芻する。
「口承…」
「うん。例えば、ゼルリアの王位継承なんて、結構独特だろ。王位継承者全員で殺しあって勝ったヤツが王様なんてさ。そんなのは、妾将軍が始めて、以後しきたりとして伝えられてきたことだし、文字に残されなくても、ちゃんと生き残ってる。そんな具合で、海の底に妾将軍の宝が沈んでるって、人の口伝いでずっといわれてるんだ。大体の場所もわかってる」
「へえ」
「で、こっからがいろんな話があるんだけどな」
人によって、伝わり方が違うからな、とロイドは少し考えるそぶりをする。
「妾将軍は、確かにソエラ朝の功労者だし、セドリア国建国の英雄だ。けど、彼女のやったことは、結構ひどいことも多い。
さっきの、王位継承の話がそれだよな。いくら強い国をつくりたいからって、王位継承者に…つまり、養子とはいえ自分の子供に殺し合いさせるとかさ。あと、今は仲良くやってるけど、ゼルリアの――セドリアの、現地民とおおもめにもめて、大虐殺を起こしてたりもする。
その前のソエラ朝の版図拡張だって、無茶やったって話だ。
妾将軍は、何も記録を残してないけど、やられた方は、根に持つし、それはちょっと大げさなくらいにしっかりと書き残されてる。
おかげで、妾将軍は血も涙もない女性だったって見方が強いし、ま、事実、かわいげなんかなかったんだろーな」
聴衆たちをひきつけるようにじっくりと間を置いてから、
「彼女―― 一説では、召喚士の一族とも、魔剣の使い手とも言われててな。ソエラ朝の将軍として活躍していたときには、彼女が一発呪文か何かをかませば、後には、何も残らなかったって話だ。ま、ここらへんの話は、やられた側の文書とかにものこってるから、間違いがない。おそらく、剣士ってより、魔術師に近い人だったんだろうな。
で、その彼女が、海の底に、すっげえ魔力のあるものを落としたらしーんだ。『真実を写す鏡』だとか、『神降ろしの剣』だとか。けど、大体の位置がわかってるにも関わらず、今まで見つかってねえ。それは、ちょっと仕掛けがあってな」
彼は、内緒ごとを明かすように、声を潜める。
「その宝には、宝の番人――『護るもの』が付いてて、船が近づくと、その船の針路を惑わせて追い返しちまうって話だ。実際オレたちも、何度か傍を通ったことはあるけど、たまに方向が狂っちまうな。あそこは、不気味な海だ。世界で三番目に渡りにくい海って船乗りの間で言われてるだけはあるってことだな」
「『護るもの』…ですか」
「ああ。たぶん、妾将軍の守護獣…か、なんかだったんじゃないかな。何かの精霊だって話だぞ? それに、宝の番人をしてもらってるんだ。人間と違って、守護獣はずっと長生きだし、主にぞっこんで仕えてるから、忠誠心も厚い。番人には、うってつけだな」
「ふーん、そなんだぁ」
「すごいですねっ、ロイドさん。ものしりです!」
「ははは。宝のこととか調べていくと、自然にこのくらいは覚えちまうんだよなー」
「へえ…」
ティナは、頷きながら、何気なくロイドが口にした言葉を無意識に反芻した。
――護るもの。
――私が愛した男の名をあげたお前だから。私の『心』をずっと見守っていて欲しいの。『護るもの』。
「………」
ティナは、ゆるく首を振る。
考えすぎだ。
多分。
おそらく。
「考えすぎよ…」
ロイドの話はまだ続いている。
ティナは、一つ頭を振ると、彼の言葉に意識を戻した。
珍しく風のない大空を、海鳥がまっすぐに飛び越えていった。
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