Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第五章 カレン・クリストファ 
* * *
「ふ…副船長さん…」
 擦れた声でアベルは呟く。
 いつの間にか、へたり込んでいたアベルには、ローブの男はまるで空中から現れたかのように見えた。
 剣についたタコの体液を落とし、彼はローブの向こうから、無感情に語りかけてきた。
「ケガは」
 問われたものの、アベルはすぐには、声が出ない。
 微かに首を振る。
 相手は不気味なほどに静かに頷いた後、同じ調子で淡々と語った。
「…この部屋には、入るなといっていた」
「ご、ごめんなさいです。つい…」
「行くぞ」
「え」
 はっと顔を向けると、彼は既に身を翻しかけていた。
「扉が壊れた。下手に隠れているより、目の届くところの方が護りやすい」
「は、はい」
 有無を言わせずに、彼はさっさと歩き出す。
 ほっそりとした背中に遅れないように、アベルは慌てて立ち上がった。
「…」
 最後に、ちらりと部屋の中を見る。
 ベッドの下から、相変わらず痛いほどの視線を感じた。
 次に、ローブの背中を見る。
 なぜ、こんな部屋に、子供を入れておくのか。
 そして、どうして立ち入りをアベルたち『部外者』に対して、制限したのか…。
 ローブの青年が、それに対して何も言おうとしないのはなぜか。
 まるで、存在そのものを『隠したがっている』みたいに、アベルには思えた。
 さっき、一瞬見えた銀色『らしい』髪の色と、それらのことから、一つの『想像』ができる。
 それは、アベルにとって、ぞっとするようなものだった。
(…まさか)
 ロイドたちが、『混血児』に――あの、汚らわしい『モノ』に関わっているなんて。
 絶対に、ない。
 そんなことは。
(気のせいです)
 きっと、そうだ。
 無理やり自分を納得させて、アベルは一つ頭を振った。
 振り切るように息をつくと、
「待ってくださいよ〜」
 明るい声を出して、大分遠くなったローブの青年に追いつこうと、小走りに駆け出した。


 副船長に連れられて、甲板に着いた頃には、船上での戦闘は大方のところ決着がついていたようだった。
 山積みになった死体をそばに、やれやれと肩を叩きあっている海賊たちの一人が、アベルたちに気付いた。
 おおい、と手を上げて近寄って来たのは、アベルと同じくらいの身長の大剣を無邪気な表情でひっさげた、海賊の船長だった。
「おう。副船長にアベルちゃん。どしたんだ? 下にいたんじゃなかったのか?」
「魔物に襲われてた。危ないから、つれてきたんだよ」
「!! そっか! 怪我なかったか?」
 心配そうに眉を寄せたロイドに対して、アベルはこっくりと頷く。
「大丈夫です。ところで、ティナさんたちは…?」
「…」
 ロイドがつらそうな顔をする。
 いぶかしんだアベルが、最悪の可能性を思い浮かべる前に、
「海に、落ちちゃったんだ。カイオスと、アルフェリアも」
「…え」
 後ろから差し出されたどこか暗い少年の声に、彼女は弾かれたように振り向いた。
「…どういうことなんですか」
 周囲は、息を呑んだように黙っている。
 魔物の死体に囲まれた中での、沈んだ沈黙は、帳を下ろし始めた夜の足音とも相成って、不気味な予感を少女に感じさせた。
 アベルは、無意識に息をひそめ、両肩を抱く。
 見つめた少年は、しょげかえった様子で、ぽつりと言った。
「…さっき、船が揺れたとき…波にさらわれちゃったんだ…」
「そ、それで…?」
「まだ、上がってこない…」
 ううっと縮こまったクルスを、アベルは目を見開いて見つめる。
 どうして、すぐに探しに行かなかったんだろう。
 答えは、分かっているはずっだった。
 アベルの足元に、命を散らせた魔物たち。
 彼らを相手にするために、海賊たちも、ゼルリアの女将軍も――クルスも。
 助けに行けなかったのだ。
 『行かなかった』のではなく。
「…じ、じゃあ今は、もう魔物たちは片付いたんでしょう!? 早く、探しに行かないと…!!」
「無理みたいだ」
 必死に訴えたアベルに、非情な即答は思いもよらないところから発せられた。
「副船長さん…」
 全員の目が、ローブの青年を凝視する。
 まさか、彼女たちを見捨てるとでも、言い出すのか。
 視線の真ん中で肩を竦めたジェイドは、二言目を封じ込めるように、すっと海原の方を指した。
「相手も、本気になったみたいだ」
『!?』
 すっかり失念していた。
 魔物を生み出した元凶、今は漆黒の海に浮かぶ赤い光球が、ゆらゆらと蠢きながら、ゆっくりとこちらに近づいていた。
「な…直接、こちらを叩く気か?」
 ゼルリアの女将軍が、愕然と呟く。
 光球の魔力のその途方もない力は、先ほどの第一撃で、イヤというほど味わわされていた。
 逃げることも、追い払うこともできず、人間たちは、じわりじわりと近づく『聖獣イクシオン』を迎えるしかなかった。

「ティナ…」
 クルスは、漆黒の瞳を海面に向けた。
「信じるからね」
 振り切るように呟くと、彼はすっと目を閉じて、魔法の詠唱に入った。

* * *
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