波色の眠りの中で、『彼』は夢を見ていた。
それは、『彼』の主と共に過ごした、大切な夢だった。
身体を蝕む灼熱は、すでにどこか遠くで起こっている『出来事』のようにしか、感じなかった。
閉じかけた、意識の蓋。
しかし、そこにふわりと『何か』別のものが入り込んでくる。
――…?
『彼』は護るものは、意識をうっすらと開いた。
拒もうとは思わない。
一緒の夢を見るような心地で、主との思い出を共有していた。
不思議な感触だった。
聖獣と、同調できる『者』がいるとは。
――………。
やがて、『別のもの』が去ってしまってから、『彼』はひっそりと息をついた。
闇が、そこにあった。
『彼』は、最後に、主とのもっとも楽しい思い出を頭に浮かべた。
王妃として、後の『第一女王』の地位を約束されていた彼女が、『妾』として王宮を去った後、草原を馬でかけた主の笑い声と、ほがらかな、笑顔。
後に、心を押し殺し数多の人間を殺し、心を『彼』に託して海原へ捨てた彼女の、最初で最後の屈託のない表情だった。
主が、もしも彼女の思い人と添い遂げたら、もっとたくさんの笑顔を見ることができたのだろうか…。
『彼』は、思い出の中で、主とともに微笑んだ。
微笑んだまま、彼は意識を手放し――強大な灼熱へと、静かに、呑まれて行った。
■
「な…何、コレ」
忘れた呼吸を、再び思い出すのに、ずいぶんとかかった。
やっとのことで搾り出した言葉は、微かに上ずっている。
アルフェリアや、カイオスでさえも、一言も発することができていない。
三対の視線が――吸い込まれるように、眼前の不思議をじっと見つめていた。
「…都市…の、遺跡…みたいなもんか」
「誰か、いないのかしらね」
「さてな」
出てきるのは、表面的な言葉ばかり。
やがて、かなりの時間をかけて驚きを押さえ込むと、とにかく進むしかないと言う気になってきた。
ティナは自分以外の二人を見上げると、肩を竦めて提案する。
「とにかく…ここでじっとしてても、始まらない気がしない?」
「あ、ああ…」
「…」
二人の同意を取り付けてから、ティナは廃墟に向かって足を踏み出す。
蒼い道は、触れるたびに微かに波紋を描いた。
まるで、水面の上を歩いているみたいだ。
さすが、水と氷と風を司る精霊の住処か――、始めは踏み出すたびに緊張していたティナだったが、だんだんと慣れてきて、進む速度も速くなる。
普段の歩調を取り戻しながら、ティナはふと後ろを振り返ってみた。
「けど…。ここにイクシオンがいるとしたら、あたしたちが入り込んだことくらい、あっさりと分かられそうなものよねえ…」
「ああ、言われてみりゃな」
応じたのは、アルフェリア。
首をめぐらせて、辺りを見上げながら、
「石版と融合して、トチ狂ってて、それどころじゃねーんじゃねーの?」
「うん…。そういうもんかな」
「だろーよ。とにかく、そのイクシオンを見つけないことには…」
その最中だった。
再び、地面が振動した。
「!?」
「おい…何なんだよ」
「…」
徐々に強まる揺れに呼応して、地面の波紋が大きくなっていく。
天井からぱらぱらと、細かい石の破片が降ってくる。
地中の奥から、獣が咆哮を放っているかのような。
何とか姿勢を保っていた三人は、次の瞬間、一気に突き上げた衝撃に、否応なく膝をつく。
獰猛な竜が、地面をくわえ込んで揺さぶっているような激動だった。
先ほど、洞窟で感じた振動の比ではない。
「ちょっ…これって…!!」
イクシオンの仕業なのか。
それにしては、あまりにも…
(あんまりにも、破壊的すぎるわよ!!)
胸中で、叫ぶように吐き出したのも、一瞬、ティナはふと、足元が消失する感覚を覚えた。
「え…」
揺れる風景が、傾いていく。
頭を過ぎったのは、先ほど、船から振り落とされたときの、浮遊感、そして恐怖。
「あ…」
とっさに伸ばした手は、空しく宙を掻く。
急激な振動のせいか、ぱっくりと口を開けた足元の奈落に、ティナは吸い込まれるように落下して行った…――。
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