Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第六章 護りしものの意義 
* * *
「な、なんだあ…!?」
 ティナらと別れて歩き出して、十数分、といったところか。
 彼は、ティナたちと違って、魔力を感じられるわけではないので、イクシオンをめざすといっても、どこかあてずっぽう的な歩き方になってしまう。
 いい加減単調な景色にも飽きていたころ、先ほどではないにしろ、かなり大きな揺れが、海底都市を襲った。
 地面が割れるほどではないが、そのまま歩くには困難だった。
「ち…」
 いまいましげに舌打ちすると、彼は周囲の壁に手をついて、バランスを保つ。
 揺れは、なかなか収まらない。
「ティナたちは、大丈夫か…」
 口の中で呟いて、彼はふと首をめぐらした。
 その目が、くっと細まると、微かに光を宿す。
「…」
 単調な通路の壁際。
 その目立たない位置に、魔法陣のようなものが、仕掛けられていた。
 ためしに手をかざすと、淡く発光する。
 そのまま、地面が静かに開いた。
 ――開いた。
「!?」
 慌てて飛びのいて、彼はバランスを崩す。
 膝をついて腰の剣に手を遣りながら、彼の黒い目は、地下へと続く階段を目に留める。
「…」
 隠し通路か。
 呟くように、口の中で落として、彼は微かに口の端を上げた。
 小刻みな揺れの中を、そろりと歩き出した。


「また!?」
 不安定な足元に対して、何とかバランスをとりながら、ティナは反射的に辺りを見回す。
「…。時間はないようだな」
 こちらは、他愛もなく身体の均衡を保ったカイオスが、ため息混じりに呟いた。
「行くぞ」
 さらりと言い置いて、さっさと歩を進める。
「あ、待ってって…」
 たたらを踏みながら、彼の背に向かって、ティナもよろよろと進んでいく。
 時間がたつに連れて、振動は激しくなっていく。
 最初の頃は、すたすたと問題なく足を踏み出していたカイオスも、さすがに、壁に手をついて足を止めた。
 ティナに至っては、すでに地面に膝を付いて、歩くどころではない。
(イクシオンに…近づいてるってこと?)
 歩くに歩けない状態のティナに、ちらりと視線を送ると、カイオスは一旦一人で先に進んでいく。
 手近な角を曲がって、その背が見えなくなるのを、ティナは何気なく見守っていた。
 多分、置いていったなんてことは、ないのだろうが。
(多分…ね)
 だが、彼はしばらく戻ってこなかった。
(ウソ…まさか、ホントに置いていかれた、とか?)
 さすがに、懸念が確信に変わりかけていた頃。
「おい」
 角を曲がってこちら側に、カイオスが戻ってきた。
 随分時間がかかったな、とティナが見上げると、すっと手が差し出される。
「行くぞ」
「え、『行くぞ』って」
 差し出された手を見比べながら、驚いて聞き返したティナに、カイオスは淡々と言った。
「地下への通路が開いていた。おそらくアルフェリアが先行したんだろう」
「え、先に行ったの…!?」
 相手は、石版と融合した、イクシオンだ。
 いくら、ゼルリアの四竜と言っても、分が悪いだろう。
「…」
 一刻も早く、合流する必要がある。
 だが、この揺れの中。悔しいが、ティナ一人では歩けない。
 男の青い目を見返して、ティナは差し出された手を握る。
 ごつごつとした手は、意外と温かかった。
 先導されながら、進む最中、彼女はふと思ったことを口にした。
「一応…戦力として、認めてくれてんのね」
 彼が一人でそのまま進み続ける、という選択肢も、あったはずだ。
 そして、必要があれば迷わずその選択肢をとる人間だ、彼は。
 それをわざわざ戻ってきたということは、カイオスの中で、ティナも戦力に加えて考えている、ということになる。
 さりげない風に流した言葉だったが、相手はちらりと振り返った。
 呆れたような目が、不審そうに細まっている。
「魔法がまだ、使えないのか?」
 ティナは、アレントゥム自由市で不死鳥を召喚したとき、その代償として、『自分の一ヶ月分の魔力』を与えた。
 普通は、代償はその場で与えるのが原則だが、あの場合は、召喚獣のほうが譲歩してくれたのだ。
 ティナは、あの時、ほとんど――不死鳥に渡せるほどの魔力など、ほとんど残っていなかった。
 それでも、不死鳥は、応えてくれた。
 その代わりに、その時から一ヶ月、魔法が使えなくなっていたのだ。
「いや、今は、ちゃんと使えるんだけどね」
 彼に認められている、というのが、少し嬉しかった。
「…」
 ティナはふっと笑むと、踏み出す足に力を込める。
「よっし、行きましょ!!」
「…そういうことは、自分で歩いて言うんだな」
「何よ、あんたが歩くの早すぎるのよ!」
 軽口に軽口で返したとき、目の前にぽっかりと口を開けた地下への道が見えてきた。
 着いた、と口の中で呟く。
 気を引き締めた瞬間、どん、と何かが地面に激突したような衝撃が、足元からつきあがってきた。

* * *
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