Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第六章 護りしものの意義 
* * *
 地下への扉が開いたとき。
 ティナたちを待とう、という気持ちも、なくはなかった。
 しかし、それよりも、彼の中の好奇心が勝った。
 『何』があの向こうに待っているのか。
 それは、ゼルリアの誇る巡視船を、炭化するほどの魔力を発する、聖獣だという。
 危険なものには違いない、だが――
 彼女らが来る前に、確かめてやるのもいい、と思った。
 自分の目で。
(やっかいなモノ好きだねーオレも)
 振動の中をそろりと足を踏み出しながら、彼は口の端を微かにゆがめた。
 五年前、傭兵として、ぶらぶらと各地を歩き回っていたアルフェリアが、今では『四竜』などといって国に仕えているのも、この『やっかいなモノ好き』が災いしてのことだ。
 当時、ゼルリアの前王の統べるチェラ国で、王位継承者がばたばたと『不自然』死をしていた噂は聞いていた。
 こりゃ、一騒動ありそうだ、と勇んで北方に向かったはいいが、本当に『王家の』継承騒動に巻き込まれて、挙句の果てに『将軍』などやっている。
 まったくもって、世の中ってヤツは良く分からない。
(ま…それもそれで、悪くなかったけどな)
 気ままな一人旅はできなくなったが、こういう『やっかいごと』に巻き込まれることは増えた。
 アルフェリアは、それを、彼なりに切り抜けていくのが好きだった。
 ――やりがいを感じる、と言い換えてもいい。
 要するに、退屈は合わないのだ、自分という人間には。
(それにしても、…アレントゥムの時は、寝覚め悪かったがな)
 アルフェリアは、軽く息を吐く。
 彼が巻き込まれた『やっかいごと』の中で、最も最近で、最も後味が悪すぎる事件だった。
 アレを『自分のせいだと』、のうのうと抜かした男は、どういうつもりでその言葉を吐いたのか…。
(…)
 深く考える前に、彼は不意に視界が開けたのを感じた。
 階段の終着点。
 鼓動が一気に跳ね上がり、引き結んだ唇が、にやりと無意識に笑む。
 慎重に身体を一歩、さらに進めた瞬間、アルフェリアに向かって、『何か』が――もの凄い勢いで突っ込んできた。


「ぐっ!!」
 とっさに身をひねってよけたアルフェリアの頬を、かすった風がするどく裂く。
 ぴっと飛び散る自分の血の向こう側に、彼は、自分を『殺し』そこねたものの正体を、見た。
「な、…なんだ」
 ぞくり、と背筋が震えた。
 恐怖では、ない。
 畏怖だ。
 がん、と身体ごと壁にぶつかって動きを止めた『それ』は、まるで鏡のような瞳を、こちらに向けてきた。
 ――それは、少年、に見えた。
 清流のような瞳。
 薄氷を思わせる髪の色に、透き通る肌、そして羽に覆われた耳。
随分と昔の型の魔道衣に身を包んだ、十四五才の、小柄な少年に見えた。
 あくまで、見た目は。
(何なんだ…)
 手のひらに滲んだ汗を、アルフェリアは無理に握り締めた。
 『意思』の欠落した瞳。
 その表面には、『何も』映ってはいなかった。
 文字通り――何も。
 それが、底知れない深さと、得体の知れない不気味さを、数メートル向こうの空気越しにアルフェリアに伝えた。
 『物』を見る目つき。
 そう悟った瞬間、微かに相手の様子が変わったのを見取って、アルフェリアはとっさに反応した。
「ちっ!!」
 瞬間、膨れ上がった魔力が、付近の空気を――一瞬で、蒸発させた。

* * *
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