「!!」
「…」
階段を、転げ落ちるような勢いで辿り着いた先、視界が開けたかと思うと、いきなりもの凄い魔力の余波が――その熱気が、ティナの顔を覆った。
「っ」
とっさに顔を背ける。
刹那、カイオスに握られていた手を、もの凄い勢いで引っ張られた。
「な…!?」
身体がつんのめり、ほとんど転げる勢いで、ティナは体勢を崩す。
抗議の声を上げようとした瞬間、頭の上を魔力の熱気が通り過ぎていって――彼女は息を止めた。
「あ…ありがと」
「よそ見するな」
「ごめん」
鋭く言い放ったカイオスは、既に腰の剣を抜いている。
例の装飾のすばらしい――価値の高そうな剣だ。
ゼルリアの検問近くでサラが持っていたのだが、いつの間にか彼の手元に戻っていた。
それを横目に、ティナも魔法を唱え始める。
「アルフェリアは?」
「ここだよ」
「!?」
後ろから声を掛けられて、ティナははっと振り向く。
現れたゼルリアの将軍は、火傷を負った片腕を庇いながら、ひらひらと無事な方の手を振った。
「ちょっとまずったな。見事に吹き飛ばされたよ。ま、戦えないほどじゃないが」
「うん」
ほっと息をついてティナは頷きを返す。
にっと笑ったアルフェリアは剣を抜きながら、
「そっちの左大臣の戦闘は…ま、聞くまでもねえか。それなりには、できるんだろ?」
不敵な視線を送った。
「…」
カイオスは応えなかったが、アルフェリアは気に障った様子もなく、今度はティナの方に言った。
「で? 魔道士なら、なんか攻略の方法とか知ってんじゃないのか? あれじゃ、剣で近づくのは難しいぞ」
「うん、それなんだけどね」
ティナは息を飲み込みながら、応える。
改めて、視線を『護るもの』――だろう、に向けた。
すごい、魔力の量だ。
その身体に収まりきらない量が、こんこんと流れ出し、海底都市全体を揺らしている――それが、魔道士であるティナには、はっきりと感じられた。
意思は、ないようだ。
力のない瞳は、強すぎる力をただ垂れ流しているだけ。
あれに石版が融合しているのは、たぶん間違いないだろう。
問題は、どうやって切り離すか、だ。
だが、口に出しては、模範的な戦術を言う。
「イクシオンって、風と氷と水の精霊だから、炎で突破口を作って、そこを一気についていくしかないわね」
「石版の切り離しの方法は」
鋭く切り返されて、ティナは言葉に詰まる。
石版と精霊が、融合する――石版を二つ手にした彼女でさえ、こんな状況、初めてだった。
さすがに気安く返事できない。
すると、隣で声がした。
「現時点では、イクシオンそのものを倒すしかないだろうな」
「…」
アルフェリアは、微かに眉をしかめて、そうか、といった。
三人が無言で構えた刹那、再びイクシオンが突進して来た。
■
――。なぜ、私がお前にこの名を与えたか、分かる?
私が、『――』を信頼していたから。
だから、私はお前にこの名をつけた。彼が私の元に戻ってきてくれるように、ずっと祈り続けていた。それは、適わない夢だけど。
…適わぬ夢は、捨てなければいけない。これから、決して折れない国を作っていくためにも。弱い心に邪魔をされないためにも。
――だから、今日ね。ここにおいていくことにしたんだ。私の『心』と『思い』を。
『――』。私が愛した男の名をあげたお前だから。私の『心』をずっと見守っていて欲しいの。『護るもの』。深い海の奥底で、私が捨てた、私の心を。
――さようなら。
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