Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第六章 護りしものの意義 
* * *
――妾将軍の宝の海域 海上



 漆黒の波の上を、静かに統べる球体は、紅蓮色の輝きを波間にこぼしながら、確実に船に近づいて来ていた。
「………」
 十数対の視線が、息を殺して、その光景を凝視する。
 逃れる術もなく、なす術もなく。
 やがて船べりにたどり着いた光球は、ヴンと一瞬膨張の陰影を残すと、すっと凝縮した。
「!?」
 剣士たちが息を呑む。
 その最中、魔術を使える二人の戦力は、既に呪を用意しながら、敵を静かに見据えていた。
 クルスが、何気ない風に、ローブの青年に問いかける。
「ジェイドは、どの呪文にしたの?」
「…。無属性の風、セイフィールの上級」
「やっぱり、すごいや。オレは、中級が精一杯だったよ」
「俺は攻撃魔法は使わない。魔法は守備専門だから」
「ふえ、そうなんだ。じゃあ、最初の一撃を凌いだら、オレが攻撃魔法で隙を作るから、援助してよ」
「…」
 二人の魔術師は、目を合わせずに、打ち合わせる。
 迎える彼らの眼前で、凝縮した光玉が――突然、発光した。

「――空高き天の楽園に 舞い降りし風の一欠けら 狂乱の宴 懐柔の楔 巡る精霊沈めよ沈め」
「空高き風の謳の音に 舞いし精霊セイフィール。汝が力 懐柔の楔 願わくばわが手に給え!!」

 魔術が発動し、やんわりと人々を包み込む。
 禍々しい光の衝撃は、出現した結界に阻まれて、散り散りになっていった。
 だが、瞼の裏まで貫き通す強烈な光の波動は、一瞬、戦士たちの視界を奪う。

「やばい…コレは――」
 ジェイドが、舌打ちした。
 光は膨張し、抗えない速度で、船上を蹂躙していった。

「!!」
 いきなりの、まばゆい発光。
 夜の中から、目の前に『昼』が現れたようだった。
 アベルは、とっさにぎゅっと目を閉じる。
 だが、強すぎる光は、彼女の瞼の裏側まで突き刺してきた。
「な…なんなんです〜!?」
 ぱちぱちと瞬きをする。
 光がたくさん点滅して、目がとても痛かった。
 視力を、一時的になくしてしまったようだった。
 思わず涙ぐんだ瞳を細めると、彼女は、傍らのジェーンを探す。
「ジ、ジェーンさん…」
「ここよ、大丈夫?」
 くいっと手を引かれて、アベルはその方に目を向ける。
 まだ何も見えなかったが、微かに影のようなものが見える。
 瞬きをしているうちに、アベルは何かがおかしい事に気付いた。
 いつまで経っても、『何』も、見えてこない。
 いや、これは…
「霧…?」
 いつの間にか、辺りは深い霧に覆われていた。
 乳白色のカーテンの向こうで、アベルのよく知る声が揺れる。
「大丈夫よ…大丈夫だからね…」
「ジェーンさん…?」
 波に揺れるように遠くから響いてくる声。
 何かが、おかしい。
 何かが。
 でも、『何』が?
「あの…」
 ふっと首を傾げたアベルの目の前で、ジェーンの腕が、すっと上がり、すっと振り下ろされる。
 その手には、短剣が握られていた。
 何で?
 どうして?
 どういうことなんですか?
 呆然と考える。
 アベルは、なす術なく、立ち尽くしていた。

 ガキっと刃が振り下ろされる音で、アベルははっと気付いた。
 目の前では、崩れ落ちる魔物と、剣を下げたロイドが立っている。
 霧の向こうから現れたロイドは、腕をひどく怪我していた。
「だ、大丈夫か…? アベルちゃん」
「ロイドさん」
 びっくりして、思わず足の力が抜ける。
 見上げたロイドは肩膝をつくと、真剣な表情で切り出した。
「やられた」
「…へ」
「幻術だ」
 光で視力を奪い、その間に『氷』『風』そして『水』を使って、船に霧を立ち込めさせる。
 あとは、『仲間』に扮した魔物を放てば、――無抵抗に、やられてくれるわけだ。
「オレの仲間も結構ケガしちまったんだ。アベルちゃんは…間に合ってよかったよ」
「あ、ありがとうございました」
 恐る恐る言葉を返しながら、アベルは、ロイドの腕の傷から目が放せなかった。
 したたり落ちる血の赤が、少女の黒い瞳に焼き付いていく。
 ごくり、と戦場のなまなましさを目に焼き付けたアベルは、平静を装って、聞き返した。
「で、敵はどうなったんですか?」
「副船長たちがひきつけてるよ。オレも、交ざらなきゃな…。アベルちゃん、立てるかい?」
「は、はい」
 何とか、身体を起こして、アベルは揺れる甲板に立った。
 ロイドに手を引かれて、霧の中を進む。
 やがて、霧の向こうから、剣がぶつかる音、魔法が放たれる音――戦闘の生々しい音が響いてくる。
 思わず一歩を踏み出すのがためらわれた瞬間、ロイドはきらくな声を出した。
「おう、みんな生きてるか?」
「ロイド」
 甲板に一箇所に固まった仲間たちに、軽く手を上げて、ロイドはすたすたと足を速める。
 副船長、クルス、サラを除く、全員がそこに居た。
 疲れ果てた様子で座り込んでいた一人――ジェーンが、眉をひそめて口を開いた。
「あんた…さっさと止血しないと…」
「いいよ、てきとーにやっから。それよりも、アベルちゃん頼むな」
「…」
「ここなら安全だからな」
 眉をひそめた船の女コックに、アベルを託してから、
「さって。やるか」
 ごきりと首を鳴らして、ロイドは戦場へと足を向けた。

* * *
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