Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第六章 護りしものの意義 
* * *
「深淵の果てから 漆黒の雷光の祝福をその手に宿す 獅子公レイオーソ。願わくば わが前に立ちふさがる者たちに 汝が裁きの鉄槌を!! レイオーソ・ブラッドサンダー」
 クルスの声を皮切りに、サラとジェイドが光球に向かって駆け出す。
 サラの二刀が闇に閃き、相手に肉薄した。
「は!!」
 閃光が翻り、まっすぐに光球に向かう。
 だが、刹那、小動物が針を出すように光球の表面が変化した。
 鋭利な、触手が表面を多い、サラの剣をがちりと受け止める。
「ちっ」
 舌打ちした彼女の傍から、飛び出したのはジェイドだ。
 周り込むように距離を詰め、優美な弧を描く曲線が、吸い込まれるように触手の狭間に吸い込まれていく。
「…」
 ざっくりと入った一撃は、光球の動きを縫いとめる。
「遥か天上にまします 光の精霊アレンディ。清浄なるみそぎ 穢れしこの地に 降らせたまえ!!」
 そこに、呪文を唱えたクルスが手を上げた。
「二人とも、離れて!!」
 少年は、息を吸い込むと、
「アレンディ・ホワイトフレア!!」
 瞬間、闇が割れ、眠る夜の虚空を裂いて光の円陣が出現する。
 円の囲む領域を、地上の光球に向かって、白い輝きが天から突き落ちていった。
「やったか!?」
 サラが呟く。
 しかし、クルスの魔法の壁をぶちやぶるように、突然触手が四方に伸ばされた。
「!?」
「!」
 ジェイドとサラは紙一重で避ける。
 だが、魔法の発動に気を集中させていたクルスは、反応が遅れた。
「うわ!!」
 少年の小柄な身体が吹っ飛ばされて、船の支柱にたたきつけられる。
 ぐったりとした彼に駆け寄る間もなく、二人を次々と光球の触手が襲った。
「くっそ…!! キリがない」
「ダメージを、受けないのか」
 唇を噛みながら応戦するサラの隣で、ジェイドが呟く。
「?」
「今のは、光の無属性魔法で上級。これで何も無いはずがない」
「…」
 女将軍の黒い目が、不審に細められる。
 薄い唇を、やがて言葉が流れた。
「つまり、この光球に実体がないとでも?」
 例えば、先ほどの幻術のように。
 この光球自体が、まやかしだとも限らない。
 だが、ジェイドは微かに首を振った。
 実体がないのならば、そもそも剣で触れられることもできない。
「本体が別にあるかも知れない」
「どこに?」
 さらに問い詰めたサラの誰何に、さすがに副船長も応えられなかった。
 状況は、それ以上の会話を許さない。
 光球が、再び発光を始める。
 弾かれたように戦闘体制をとった二人に、やっと起き上がったクルスが加わった。
「うー、今のは、結構効いたよー」
 のんびりとした口ぶりだが、頬を膨らませている。
 そこに、霧の向こうから、海賊の船長も現れて、素早く大刀を構えた。
「おお、何か、起こりそうだな」
「…遅い」
「すまねー。アベルちゃんを安全なところに連れてってたんだよ」
 申し訳程度に止血した腕を振りながら、彼はローブの青年に向かって、にかっと笑った。
「それより、大事なことがある。あれは、どうやら『イクシオン』とやらの本体ではないみたいだ」
 二人のやりとりに、口を挟んだのはサラだった。
 といっても、ロイドにはすぐにはどういうことか分からなかったらしく、首を傾げる。
「?? つまり、どういうことだ?」
「トカゲの尻尾みたいなもんだよ」
 トカゲは、敵に遭ったとき、自分の尻尾を切り落としておとりに使い、その隙に逃げる。
 厳密には違うが、『光球』がトカゲの本体じゃない――つまり、いくら攻撃しても意味ないことを伝えるうえでは、それなりに的を射たたとえだった。
 ロイドは、眉をひそめて唇を尖らせる。
「じゃあ、どうすんだ?」
「…」
 サラも、クルスも、ジェイドも――何も言葉を返さない。
 その無言が、事実上の返答だった。
 『打つ手なし』。
 そこに漂う、微妙に暗い雰囲気に、ロイドは内心でやばいな、と呟く。
 戦いは、負けると思えば負ける。
 どんな猛者だろうと。
 それは、戦鬼といわれるくらい戦いに馴染んだ生活をしているロイドであれば、呼吸をするくらいに当たり前のことだった。
 もしくは、皆それくらい気付いているのかも知れないが、それでも胸中であきらめてしまうくらいに、状況は『どーしようもない』のだろう。
「…ま、やるしかねんじゃね?」
 内心の懸念は、表情に露ほども滲ませず、ロイドは穏やかに周りを見回す。
 とりあえず、ここで立ち止まっていても、何一つ好転しない。
 だったら。
「オレはやるぞ」
 迷いを吹っ切るように言って、海賊の船長は、愛剣を構えた。
 やがて、ジェイドがため息混じりに横に並び、サラとクルスも加わる。
「とにかく、あれを追い払う以外に、道はないだろうな」
「追い払う、か。副船長、風の呪文で吹っ飛ばせないのか?」
「…。精霊に、そんな恐れ多いこと」
 言いながら、ジェイドは既に呪文を唱え始めている。
 やるだけやってみる、といったところか。
 ロイドは、口元で笑うと、タイミングを計って、地を蹴った。

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