――妾将軍の宝の海域 海上
「うお!?」
対峙していた光球が、突然まばゆい発光に包まれ、輪郭が大きくぶれたかと思うと、――発光した。
「!?」
駆け出そうとしていた、ロイド、サラの足が止まる。
夜の闇を裂いて、光が全てを呑み込んでいくようだった。
「っ…」
やっと、視界が戻ってきたとき、人々は呆然と肩を落とした。
「…いねえ」
ロイドの気の抜けた声が、甲板を吹きぬける風に乗って、流れていく。
気が抜けたように座り込んだ彼の隣に、クルスが近づいてきた。
「…どこに、行っちゃったのかな」
「さあなあ」
少年の言葉に、彼自身も首を傾げて、海賊の船長は、頭のいい相棒を振り返った。
「なあ、副船長。お前はどう思う?」
「…あれが、トカゲの『尻尾』の部分だったとしたら」
肩を竦めて、問われたローブの青年は波間に視線を遣った。
「だとしたら?」
クルスとロイドの声が重なる。
そこに、釈然としない顔のサラも加わって、三対の視線が副船長をじっと見つめた。
ジェイドは、あくまでも想像だけど、と断って、
「たとえば、本体に危険が迫ったとかじゃないのか」
「本体に?」
「ここは、妾将軍の宝の海域で、宝が海底にあるとしたら、当然、宝を『護る』イクシオンの『本体』も、海底にあるんだろ」
「うん」
「未だに上がってこない三人が、何らかの形で接触して、戦闘になっているかも知れない」
「おお!!」
理を得た『想像』に、ロイドたちの顔がぱっと明るくなる。
特にクルスは、とびあがらんばかりの勢いで、喜びを全身で表した。
「じゃあ、ティナは、生きてるかもしれないってこと!?」
「…あくまで、想像だけど」
釘を刺したジェイドは、暗い海面を見ながら、続きを述べた。
そこからは、何も感情が感じられなかった。
「明るくなるまでは、こちらからは手が出せないからな。生きて帰るか、死体で浮かぶか」
声量を抑えた声は、その場の誰にも届くことなく、波間に吸い込まれていった。
■
――妾将軍の宝の海域 海底都市
ティナが、手鏡に手を触れた瞬間だった。
彼女が、魔法で吹っ飛ばしたイクシオンが。
アルフェリアが、剣で斬り下げたイクシオンが。
カイオスが、魔法結界で閉じ込めたイクシオンが。
かっと目を見開いたかと思うと、再び収束し、それに、どこからか現れたのか――船上で見た、光球が重なった。
「な、なんだぁ…!?」
「…」
海底都市が、激動する。
生き物のように揺れ動き、体内で動き回る不穏な『モノ』を排除しようと、力任せにたたき上げる。
「っ!!」
たまらずに、ティナは床に這いつくばる。
岩壁で身体を支えたアルフェリアが、慌てたように腕を取って、支えてくれた。
「あ、ありがと」
「いや、気にすんな。けど――何なんだ、一体…」
「分からない。タイミング的に、この手鏡触った瞬間よね。様子が変わったの」
「手鏡?」
あまりに場にそぐわない言葉に、アルフェリアが眉をひそめる。
すぐ傍で、これも壁伝いに身体を支えていたカイオスも、ティナの方を見つめていた。
ティナは手に持った古い鏡を、二人に示す。
その時、腹の底にまで轟く、低音が、イクシオンの方から、発された。
――カエセ。カエセ…ワガ アルジ ノ タカラ ヲ。
「…え」
ティナはびくりと反応する。
『我が主の宝』。
これが?
こんな、古い手鏡が?
「…ひょっとしなくとも、あたしに怒ってんのよね。あの聖獣」
「まあ、そーなんじゃねえ?」
「出会い頭の聖獣の怒りに触れるとは…。大したヤツだな」
「…う、うるさいわねえ」
呆れたような二人の視線に、ティナは思わず口を尖らせる。
「返せばいいんでしょ、返せば」
言葉を返した瞬間、吹き付ける魔力が、強くなった。
「…まだ!?」
「おいおい、一体どこまでぶちきれる気だ!?」
「…」
目を見張る人間たちが、なす統べなく聖獣の怒りを見ている前で、少年の姿をしたイクシオンは意思のない瞳をしたまま、激昂の言葉を淡々と吐き続けていた。
返せ。
返せ、と。
■
主は、言った。
――。なぜ、私がお前にこの名を与えたか、分かる?
『私』には、分からなかった。
主の求めるまま戦い、主の求めるまま海に沈んだ『私』には。
私が、『――』を信頼していたから。
だから、私はお前にこの名をつけた。彼が私の元に戻ってきてくれるように、ずっと祈り続けていた。それは、適わない夢だけど。
主の心は、分からなかった。
彼女が、なぜ『あの人』に執着し、なぜ『あの人』のために涙を流し続けたのか。
ただ、彼女は、愛するもののために強くなり、愛するもののために、心を捨てたのだと。
…適わぬ夢は、捨てなければいけない。これから、決して折れない国を作っていくためにも。弱い心に邪魔をされないためにも。
主が『私』の心を知らなかったように、『私』も主の心を知らなかった。
ただ、貴女のいうまま、あなたの心を護り続けることしか。
――だから、今日ね。ここにおいていくことにしたんだ。私の『心』と『思い』を。
けれど、『私』には、それでもよかった。
深い海の、遥か底で。
それから続く、永久の孤独の中でさえも。
貴女との思い出と共に生きられるのならば。
『――』。私が愛した男の名をあげたお前だから。私の『心』をずっと見守っていて欲しいの。『護るもの』。深い海の奥底で、私が捨てた、私の心を。
それでよかった。
それが、『私』の存在意義。
貴女が望むままに。
『私』は、あなたの与えた名の下に、貴女の心を護り続ける。
――さようなら。
ずっと、探していた。
貴女の望むものを。
貴女が『私』に望んだものを。
それは、決して手に入らないものなのだろうけれど。
■
灼熱の波に浮かされながら、イクシオンは、咆哮した。
自分は、『妾将軍』カレン・クリストファの守護獣。
彼女の宝に触れるものは、何人たりとも、容赦はしない。
『彼』は叫び続けた。
暴発する魔力に、己が身を焦がされ。
強大なる力に抗い続けながら。
イクシオンは、声を上げ続けた。
妾将軍の、宝の守護獣として。
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