Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第七章 妾将軍の秘宝 
* * *
 ――カレン・クリストファ

 ただ一人の私の妃へ

 ただ一人の貴女の伴侶より



――妾将軍の宝の海域 海上



 甲板に現れていた『光球』が、突然『消失』してから、しばらく。
 波間に静かに浮かんでいた船が、にわかに揺れ始めた。
「な、なんだ…!?」
 サラが、舌打ちして、船べりにつかまる。
 海賊たちが、とっさに身を構える背後で、アベルは不安げに上を眺めた。
「なんだか…不吉な感じですねえ」
 まるで、海の中から巨大な魔物が現れて、船ごと吹き飛ばしてしまいそうな。
 床から足元へ這い登ってくる振動は、そんな不気味さを孕んでいた。
「…ティナー」
 唇を尖らせたクルスは、真っ暗な海をじっと見つめる。
 確信はないけれど、彼女が、海底で『イクシオン』と戦っていて。
 『イクシオン』が、光球を自分の所へ引き戻すほど苦戦していて。
 そして、この不気味な波のうなり。
 イクシオンは、本気になったんじゃないだろうか。
 本気で、人間たちを、海ごと吹っ飛ばそうとしているんじゃないか。
「…」
 だとしたら。
 止められるのは、ティナたちしか、いない。
 いないのだけど。
「………」
 漆黒の波は、少年の懸念を癒してはくれない。
 船べりをつかむ手に、力が入る。
 その時、肩をぽんと叩かれて、彼ははっと振り返った。
 穏やかな顔をした、ロイドがいた。
「心配かい?」
「うん…。イクシオンは、すっごく危険だと思うんだ。ティナが弱いってわけじゃない。ないんだけど…」
「…うん」
「人は、とても、もろいから」
 ぽつり、と。
 呟いたクルスの言葉が、あまりにも深く、あまりにも悲しい響きを称えていたので、ロイドはふっと言葉をとめた。
「………」
 十年ほどしか生きていないはずの少年とは、思えないほどの悲壮だった。
 そんなロイドの様子に気付いているのかいないのか――彼は、目を伏せたまま、続ける。
「すぐにいなくなってしまうんじゃないかって」
 ロイドは、言葉を止めたまま、少年の横顔をちらりと見た。
 そのまま何も言わず、もう一度肩を叩いた。
 そんな二人を視界に収めながら、海賊の副船長――ジェイドは、本気の聖獣には効かないと知りながら、淡々と結界の呪文を唱えていた。

* * *
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