Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第七章 妾将軍の秘宝 
* * *
――妾将軍の宝の海域 海底都市



 イクシオンの放つ、強力な魔力の波動の余波は、次第に大きくなり、凄まじい熱気を発しながら、人間たちを飲み込もうと牙を剥いていた。
 カエセ、カエセ、と不気味に響き渡る咆哮が、都市を揺るがし、崩し始めている。
「大気に満ちる精霊よ、逸る風 ほとばしる熱 鎮め流し 凪をたまえ」
 ウインド・ウォール、とカイオスが唱えると、ティナたちに吹き付ける熱気が緩和され、その隙にやっと岩陰に滑り込む。
「…さって、どうする?」
 こうなったら、近づく近づかないの問題ではない。
 イクシオンの放つ魔力は凄まじく、しかもその強さを上げ続けている。
 このままでは、本当にゼルリアのデライザーグまで呑み込んでしまいかねない。
 アルフェリアに真剣な面持ちで問われて、ティナは慎重に口を開いた。
「うーん、そうね…。なんかもう、大魔法で一気にふっ飛ばすしかないんじゃないかしら」
 どこか、釈然としないものを感じながら、彼女は紡ぐ。
 手の中の手鏡を、無意識に弄びながら、
「この海底都市が壊れない程度に、威力は抑えるけど…」
「…じゃあ、さっそく、だな」
「うん」
 頷いて詠唱に入ろうとしたティナを、静かな声音が止めた。
「…一つ気になったんだが」
 無属性魔法である風の結界を操るのに専念していた、カイオスだった。
 冷静そのものの目で、ティナの手の中を見つめている。
「…なに?」
 彼が、自ら話の中に入ることは滅多にない。
 よほどのことなのだろうと、ティナが聞き返すと、彼は珍しく根拠のはっきりしないことを言った。
「ひょっとしたら、それであれをとめられるんじゃないか」
「…どれで何を止めるのよ」
「…その鏡で、イクシオンを」
「「?」」
 ティナは、同じく不審に眉をひそめていたアルフェリアと、顔を見合わせる。
「どういうこと?」
「…あれは、一旦石版に同化したんだろ」
「うん」
「それが、その鏡に触れられたとたんに、意思を取り戻した」
「…」
 ティナは、思わず口をつぐんだ。
 アルフェリアも、同じような表情で沈黙している。
「確かに、返せ返せ言ってるが…」
 イクシオンの瞳は、亡羊としたままだが、その口は明らかに、自身の意思を紡ぎ続けている。
 むしろ、石版の力を逆に呑み込んで、『返せ』という自分の意思を遂行するために、魔力を上げているようにも受け取れた。
「…じゃあ、この鏡で何とかなるかもってこと?」
「…おそらく。うまくやればな」
 さらりと言い切るが、そこに確固たる根拠があるわけでもない。
 それでも、どこか泰然とした様子に、ティナも無意識に頷いていた。
「じゃあ、この鏡使って、イクシオンをおびき寄せといて、足を止める。その隙に、一気に石版と引き離すって感じで」
「やってみるか。オレがイクシオンをおびき寄せといてやるよ」
「…じゃあ、あたしは」
 軽い調子で言ったアルフェリアの後を引き継いだティナが、言いかけてちらりとカイオスを伺うと、金髪の青年はさらりと言った。
「俺が動きを止める」
「うん」
 言外に止めは任せた、とほのめかされ、彼女はしっかりと頷く。
 少し考えて、風の無属性魔法を唱えると、二人に魔力を相殺する結界を施した。
「気をつけてね。結界、五分は持つと思うけど」
「おー。じゃあ、いくぜ。ま、せいぜいうまくやってくれよ左大臣」
「お前こそ」
 ティナから鏡を受け取ったアルフェリアと、再び剣を抜いて構えたカイオス。
 どこか不敵な様子で言葉を交えた男たちが、岩陰から飛び出していくのと同時、ティナも目を閉じて、魔法の詠唱を始めた。


 『彼』は、叫び続けた。
 主の宝を犯すもの。
 主の大切な思い出を汚すもの。
 全て、滅びてしまえ、と。
 薄ぼんやりとした視界の中で、『侵略者』たちが、三手に別れる。
 この魔力の中を――駆け寄ってくるには、黒い髪の男。
 その手の中には、主の宝が握られている。
 それを見取った瞬間、イクシオンは、とっさに反応していた。

――ホ ロ ビ ヨ

 彼は、無情に手を掲げた。
 そして、魔力を解き放った。

* * *
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