Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第七章 妾将軍の秘宝 
* * *
「うおっ!?」
 近づくアルフェリアに反応したのか、はたまた彼の持つ手鏡に反応したのか、駆け寄る彼に手を掲げ、イクシオンは激しく恫喝する。

――狂い 惑い さまよい 滅べ。 ブリザード

 氷と風の、協奏曲。
 空気が悲鳴を上げて収束し、そこに鋭い氷の欠片が織り込まれ、一気に膨れ上がった。
 部屋の天井までをも一瞬で凍らせる、凄まじい冷気が、辺りを通り過ぎ、再び沈黙する。
 風がなぜる空間には何もいない。
 否。
「はぁああ!!」
 背後に廻った気配が、イクシオンに向かって剣を振り上げた。
 しかし、聖獣は見越したようにふわりと避ける。
 さきほどの戦闘で見せた彼が動きを、覚えているようだった。
(こりゃ、楽はできねえな)
 まさか、攻撃のパターンを読んでいるとは思わなかった。
 確かに、先ほどまでのイクシオンとは、まったく違う。
 同じ動きを繰り返した自分のミスに苦笑し、アルフェリアは唇を引き結んだ。
 ティナの魔法の結界が、イクシオンの魔力から彼を護っている。
 これなら、いける。
「ほら、お前の宝だ。取り返してみな!!」

――!!!

 軽い挑発に、激昂したイクシオンが、激しく反応する。
 空を裂いて飛来した腕を、剣で受け止める。
 氷のように硬い感触。
 弾いて再び斬り結ぶ。
 体位を入れ替えて、再び刃を交えた。
 妾将軍の宝を持っている所為か、あちらもなかなか派手な攻撃に踏み切れないようだった。
 それを見越したアルフェリアも、あくまで『時間を稼ぐ』ために、無駄に打ち合いを続ける。
 鉄の音が響く中で、
「…」 
 ちらり、とアルフェリアは仲間の様子を盗み見る。
 金髪の男と、栗色の髪をした少女の目線を受けて、微かに頷き返した。
 イクシオンは、その目線の意味を悟ったのか、大きく腕を振りかぶる。
「おっと!」
 にやりと笑って、彼は弾き返した。
「残念だったな!」
 そんなに鏡が大事だったのか。
 アルフェリア以外には、哀しいほどに注意を払っていなかった聖獣に、彼は微かに苦笑を見舞うと、あっさりと懐に滑り込み、軸足を入れ替えてその身体を蹴り飛ばす。

――!!

 吹っ飛ばされるイクシオンを、淡い氷の魔力が包み込んだ。
「浄の集(すだ)く白き壁 全ての眠る蒼き苑(その) 生きとし生けるものたちよ 静かに止まり 優しく眠れ」
 フリーズ、と魔法が放たれる。
 出現した細い氷は、聖獣の四肢に糸のように絡まりつき、動けば動くほどに、身体を拘束していく。
「よっし、今だ!」
 アルフェリアが叫ぶ。
 カイオスの目線が、彼女に向けられる。
 二人の合図を受けたティナは、すっと息を吸い込むと、練り上げていた魔力をゆっくりと具現化した。
「命の灯よりもなお赫く 逸る血よりもなお熱く!!」
 もがくイクシオンが、ティナの姿をその目に映す。
 ふと、彼女の中に、『夢』の記憶が蘇ってきた。
 進みいく帆船。
 見下ろしていた女性の肩。
 『これが決して折れない国を作っていくために』。
 『今日、ここに捨てていくことにしたんだ』。
 『私の心と思いを』。
 『護るもの』。
 『ずっと、ずっと、護っていて』。
 『私が捨てた、私の心を』。
(悪かったわね)
 眠りを、邪魔して。
 ――しかし。
「烈火のごとくに狂い舞い 烈火のごとくに吹き惑い 烈火のごとくに自ら滅びて 自ら悔やめ!!」
 紡ぐ魔法に迷いはなかった。
 ティナは、深く息を吸いこむ。
 すっと相手を見据える。
 そして、静かに放った。
「メテオ・ディストラクション」
 ティナの放った、四属性『火』の誇る最高の攻撃魔法は、尾を描いて疾走しながら、動きを止めた聖獣を包み込み、カイオスの生み出した氷の糸さえ一瞬で焼ききりながら、紅蓮の光とともに、小爆発を起こした。


 『彼』は、目を見開いた。
 手足が戒められたかと思うと、突然、激しい魔法が彼を包み込んで言ったのだ。
 それは、いつか、彼の元に到来し、彼の体を蝕んだ衝撃に似ていた。
 そして、その衝撃は、最初のものとは全く逆に、眠りのただ中でひたすら『何か』を探し続けていた彼の理性を、強烈に呼び覚ました。
「…」
 彼は、うっすらと世界を見る。
 霞の掛かった世界に、人間が三人。
 そのうちの一人は、主の宝を持っていた。

――………。

 『彼』は、無意識に手を伸ばしていた。
 しかし、気だるい灼熱が邪魔をして、『彼』の動きを阻む。

――出て行け。

 『彼』は、命じた。
 身体に巣くう、巨大な魔力の塊を、全力で排そうとした。
 それは、凄まじい苦痛を伴う作業だった。
 しかし、『彼』はそれをやめなかった。
 やがて、永遠の責め苦にも思える時が経過した後、ふっと身体を焼き尽くす感覚が消えうせる。
「………」
 『彼』は、ゆっくりと目を閉じた。
 なぜか、これでいいのだという安心感があった。

――『――』。

 主が、自分を呼ぶ声がする。
 『彼』は微笑んで、その声音に身をゆだねた。

* * *
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