――ゼルリア王国首都デライザーグ ゼルリア城
「…以上の次第でございます」
青を基調としたゼルリアの荘厳な城の、壮大な謁見の間。
ミルガウスのそれよりは多少規模が小さいような印象を受けたが、負けるとも劣らない豪華さに、ティナは場違いさが拭えなかった。
とりあえず、アベルにそのことを話してみたら、
「あ、大丈夫です! テキトーにわたしの真似をして、ポーズをとって黙っていれば、あとはカイオスが全部何とかしますから」
と、あっさりととりなされた。
で、その通りにしていると、本当にカイオス・レリュードが全部一人で何とかした。
アレントゥムで石版が砕け散ってしまった顛末と、今回ゼルリアで起こった石版騒動、そして、検問の件ではいたずらに混乱を招くような行動をとってしまい、申し訳なかったこと――などを、有無を言わせぬ美声でつらつらと言い上げ、反論を許さない。
実際、たとえば不死鳥のくだりなんかで、事実を多少歪曲した部分もあったが、全てを知っているティナにもほとんど気付かせない精巧ぶりだった。
(詐欺師になれるんじゃないの)
ティナはひそかに思う。
「ふむ…そうか」
階段の遥か上に座った、年若き――まだ23才だという――ゼルリアの国王は、彼の言葉を全て聞き終えて、ひとつ頷いた。
柔和な顔の造作は、とてもチェラ末期の後継者戦争を制した人間には思えないほどだった。
それからは、『お決まり』めいたやりとりが続いて、彼は、ゼルリアは国としてできる限りの援助を行う、と最後に言ってくれた。
「ありがとうございます」
カイオスが頭を垂れたのを最後に、ゼルリア国王との謁見は終了した。
■
「…さすが、だな」
ミルガウスからの客人を、城の部屋へと招いた後で、ゼルリアの国王――ダルウィン・ジルザーグ・サレリアは、やれやれと息をついた。
アルフェリアたちから大本の事実は聞いていたが、あれだけの惨劇を説明する際に、よくもまああれだけ、滑らかに言葉が飛び出すものだ。
ミルガウスには正直、後ろ暗いところもあるはずなのに…。
彼は、――あの金髪の左大臣は、一言たりとも詰まることはなかった。
どこまでが真実なのかは図れないが、一応の『事実』は受け取っておこうか。
それが虚ならば、それを材料に別の取引を持ちかけることもできる…。
「…」
心中いろいろと思いを巡らしながら、彼は、側近が控えた部屋に戻る。
謁見は人払いをして行ったので、彼の重臣たちは、ここに詰めていた。
「ああ、おかえりなさい。どうでした?」
ダルウィンが姿を現すと同時、ゆったりとした動作で、小柄な老人が腰を上げた。
身長は大の大人の半分ほどか。
とことこと短いコンパスで歩くのが、どこがかわいげがあるおじいさんだが、その実体は、ゼルリアの誇る知将、四竜の一人『青竜』ジョニー・ルーカスだった。
青竜といったものの、そんなおどろおどろしい雰囲気とはかけ離れた人相で、彼自身はむしろ前任の『青竜』の穴を埋める形で就任したに過ぎず、酔うと鼻の頭が桃色に染まって陽気に歌いだすことから、ブルーならぬ、ピンク・ジョニーと呼ばれている。
剣の腕は、全くといっていいほどだが、その話術――ひいてはその交渉力は、つい先だって勃発した、ミルガウスとの一方的な小競り合いにも、大変生かされていた。
そのジョニーが、子供のような年齢の国王をねぎらう。
「あちらの左大臣は、大した切れ者と聞きましたが」
「ああ。あれほどまでの惨劇の状況を見事に説明しきったよ。よくもまああれだけ流暢に言葉が出てくるものだ」
アルフェリアらから聞いて、ミルガウスの内部で『問題』があり、そのために石版が持ち去られたことは、彼自身知っていた。
だが、カイオス・レリュードは、敢えてそれに触れず、『一切は自分の落ち度により』と押し通したのだ。
そして、カイオス自身は、既に公には『官位を返上して自主謹慎』という罰を受けている形になる。
その意味からもミルガウスを責める必要性はなかった。
ある意味真実を孕んだ奏上だったが、ダルウィンが知る由はない。
「で、どのようなお返事を」
ジョニーは首を傾げる。
ダルウィンは、別に、と答えた。
「普通に援助を約束する、と。具体的なことは言わなかった」
「左様ですか」
おじさんは、ほっほと笑って、後ろを振り返る。
控えていた残りの三将軍、アルフェリア、サラ、ベアトリクス、そして王の義弟であるロイドが、一斉にダルウィンの方を見た。
「だけどよう、兄貴。具体的には何も言ってないからって、結局何かやらなきゃいけないんだろ?」
のんびりとした口調で、切り出す義理の弟に、
「それもそうだが――向こうは、秘密裏に旅をしている手前、堂々とゼルリアの名を出すような援助はできないんだよ」
「?」
「つまり、個人的に、さりげなく、ひっそりと、ですね」
首を傾げたロイドに、サラが言葉を添える。
「おお」
納得したように手を叩いたロイドを尻目に、アルフェリアは切り出す。
「量より質、と言うわけだ」
「…そういうことになるな」
「なら、話は簡単だ」
にやり、と笑ったアルフェリアに、全員の視線が集中する。
「何を考えているんです?」
いたずらを見抜く姉のような眼差しでベアトリクスが笑う。
アルフェリアは、肩を竦めた。
「ここに、いるじゃないか。『個人的に』『さりげなく』『ひっそりと』、手助けできるやつらが」
『ヤツラが』といったが、すでに彼の中である程度の決心はついているらしい。
苦笑した国王に向かって、彼は目線で問いかける。
いいでしょう? と。
「まったく…。一ヶ月近くも国をあけておいて、まだ物足りないのか?」
サラが横から呆れた声を出す。
振り返ったアルフェリアは、子供のような笑みを浮かべた。
「いやー、何か、あいつら付いていったほうが、退屈しなさそうだしよ。それに…『賭け』ちまったからな」
「賭け…かね」
「ええ、ジョージ。男が賭けごとを投げちゃいかんでしょう」
年配の知将に向かって、彼は笑う。
ジョージが微笑むのを見て、言葉を重ねた。
「今は、国も安定してるし、諸国との関係も良好だ。将軍が一人いなくても、大丈夫だと思いますがね」
「そうだねえ」
ジョージは、ふむと頷いて、国王を見た。
残りの三将軍の目も、自然とダルウィンに集中する。
「ふむ…。そうだな。いいだろう」
思案深げに呟いた彼の言葉に、アルフェリアは、嬉しそうに笑った。
「時に、ロイド」
「んあ? なんだ、兄貴」
ゼルリア国王は、一人、アルフェリアを羨ましそうに見ていた義弟へと、語りかける。
顔を上げた彼に対し、ダルウィンは薄く微笑んで言った。
「彼らの旅路には、船が必要だろう。お前が彼らを港から港に運ぶというのはどうかな?」
「おおっ!!」
血のつながらない兄の提案に、ロイドの顔がぱっと明らむ。
はしゃぐように身体を乗りだして、息せき切って繰り返す。
「ホントか? ホントにいいのか!? じゃあ、喜んでついていくよ! オレ、けっこうあいつら好きなんだ。変な意味じゃなくってよ」
これで、あいつも喜ぶかな、と目を細めたロイドに対し、ベアトリクスが問いかける。
「あいつとは?」
「んー、いや。船の中にも、あいつらに付いていきたそうなヤツがいてな」
「もしかして、あの副船長かい?」
「うん」
嬉しそうに頷いたロイドは、照れたように続ける。
「やっぱり、心配みたいだし。旅だって、人数が多い方がいいだろ? オレたちは札付きだから、町の中ではあんまり一緒にいないほうがいいだろうし。内陸に入ったら、船番してなきゃいけないから、別行動になっちまうし」
戦力は、多いほうがいいしな、と一気に言い切って、
「けど、こんなにすごいヤツらが力をあわせるんだったら、石版なんて、すぐに集まっちまうかもな!」
無邪気な表情で言う。
彼の雰囲気につられたように、その場にいた全員も、くすくすと笑った。
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