Lost Words
    神は始め、天地を創造された。「光あれ。」――こうして、光があった。
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  第八章 新たなる仲間 
* * *
――デライザーグ市街



 すっかり闇が降りたデライザーグの街中を、アルフェリアは歩いていた。
 時々行き違う巡回の兵士たちに軽く手を上げながら、特に話もせずに先を急ぐ。
 出立は深夜。
 随分と急ぐような気もするが、今回デライザーグに降りかかろうとしていた災厄のことを考えると、一刻の猶予もなかった。
 同様のことが、世界中で起こりかねないのだ。
 それに、夜ならば人目も忍んで行ける。
(これは…)
 ずいぶんと厄介なことに、首をつっこんじまったかもな。
 と。
 心中で考えながら、苦く笑う。
 厄介だとは思っていたが、後悔はなかった。
 ただ、一つ心残りがある。
「………」
 その『心残り』のために、彼は夜道をただ急いでいた。
 こじんまりとした住居が、肩を寄せ合うように並んでいる。
 時間が時間ならば、にぎやかな生活の音がするのだが、こんな時間に限っては、それもなかった。
 ときどき子供が泣く声がする。
 白い息を吐き出しながら、やがて、彼はその内の一軒で足を止めた。
 ゼルリアの四竜と呼ばれる人間のものにしては、随分と庶民的なものだったが、これがアルフェリアの住居だった。
 城に部屋は持っていたが、非番のときはここに必ず帰る。
「ただいま」
 声をひそめ、中に滑り込む。
 おそらく、既に寝てしまっているだろう。
 起こすつもりはなかった。
 ただ、顔を見ていきたかった。
 と――。
「………」
 扉の隙間から、灯火が漏れている。
 ランプの光。
 息を呑みながら、ドアを押し開けると、椅子に座って編み物をしていた女性が、ふっとこちらを振り向いた。
「おかえりなさい」
「起きてたのか」
 もっと他に言うことはあるはずだろうと自分に苦笑しながらも、そんな言葉が口を飛び出す。
 アレントゥムに赴いて、ゼルリアでは『生死不明』扱いされていた上、帰ってすぐに顔を見たとたん、妾将軍の宝の海域に赴いて、ろくに話もしていない。
 そして、今また…。
 彼女が不安定な時期に、こんな不実な男もいねーな、と自覚する一方で、彼女の優しさに安堵する自分もそこにいる。
「また、任務なんだ」
「そうなの」
「しかも、長い」
「…」
「一年――いや、それ以上かかるかも知れねえ」
 彼女は、ふっと目を伏せると、編みかけの小さな靴下をテーブルにおいた。
 立ち上がって、彼の顔を見ると、ふんわりと笑う。
「一応、スープが残ってるんだけど、食べていく?」
「ああ」
「じゃあ、温めるから」
 少し待っていて、と。
 台所に歩いていく、ほっそりとした肩を見つめ、彼はふとその手をつかむと、ふわりと抱きしめた。
「………。ありがとうな」
 髪に顔をうずめ、囁く。
 身を預けた女は小さく頷いて、気をつけて、と言った。


――デライザーグ港 海賊船船内



「ということで、あいつらの旅についていくことになったから。あ、つっても、港から港まで送っていくだけだけどさ」
 船に帰って、そう切り出したロイドに対し、仲間は、ざわめきとともに、驚いた声を上げた。
「そんな…札付きの船で、いーんかい?」
「いやー、なんか、今回は、えっと『個人的に』『ひっそりと』『さりげなく』旅をしたいから、下手にゼルリアが表立っちゃいけねーらしいんだ。オレたちの船がちょーどいいんだよ」
 彼なりに、城の中で交わされていた議論を仲間たちに伝える。
 釈然としない風でもあったが、一応大意は伝わったらしい。
「それなら、別にいーんだけどよう」
「面白そうなやつらだったしなあ」
「すぐに出発!? じゃあ、さっそく準備しねーと!」
 口々に言い合いながら、彼らはばたばたと走り出していく。
 その中に、彼の良く知るローブの青年の姿はなく、ロイドは首を傾げると、すぐ近くに居た雑用の少年に声をかけた。
「なあなあ、キリ。副船長は?」
「え? フェイなら、あの混血児のとこだよ。あいつ、妾将軍の海で、一人にされてから、びくびくしちゃって、フェイ以外近づけてくれないんだ」
「そっかー」
 ロイドは頷いてから、はっとしたように、続ける。
「あ、そうそう。今からは、『フェイ』じゃなくって、『副船長』って呼べよ! ただでさえ、異民族っぽい名前で、珍しいのに、あいつらの前でそれ言うと、バレちまうからな!」
「分かってるよ!」
 口を尖らせて、キリは、走り去っていく。
 それを見送ってから、ロイドは船内への階段を下り始めた。



 薄いランプが、やさしく闇をあたためている。
 混血児の少年を膝に乗せて、副船長は、窓の外の闇を何気なく見つめていた。
「入るぞー」
 ――と。
 扉の外で、のんきな声がして、返事を待たずに開かれる。
 ドアの向こうから入って来た、彼の良く知る赤髪の男は、よっと手を上げてローブの青年の隣に腰を下ろした。
「上が騒がしいけど」
 ローブが、珍しく自ら切り出す。 呟きのような言葉を受け取って、ロイドはうんと頷いた。
「実は、あいつらの『足』を任されたんだ。すぐに出発だよ」
「………」
 ローブの向こうの顔が、無言のままロイドの方を向いた。
 仕種や態度には表れていないが、それは明らかに驚きを示している。
 滅多に態度に表れることのない内実を、垣間見せられた部下に対して、ロイドはやわらかく笑った。
「お前も気になってただろ。ちょっどよかった」
「………。別に」
「付いて行けばいい。そばにいてやれよ」
 『にーちゃん』だろ、とからかうように言うと、彼はふっと顔を背ける。
「そんなこと」
「ばれた時のこと、気にしてんのか? それで、『ジェイド』なんて名乗ったのか? フェイ」
「………」
 ロイドの声が揺れる。
 珍しく、深い響きを宿した言葉は、真摯に相手を打った。
「まだ、忘れてないんだな。『ジェイド』を…」
「気を悪くした? 彼の名をかたって」
「………そんなこと、ないけどよ」
「どうして忘れられる? オレが殺した、あんたの親友を」
「………」
 静かな声音に、ロイドはため息混じりに立ち上がる。
 しまった。今のは、自分の言い方がまずかった。
 これ以上は、話をしないほうがいいな、と本能的にわかっていた。
 ちょっとした、心のひだに引っかかってしまったようだ。
 ある意味での、『逃げ』だったが。
「…とにかく、旅には付いていけよ」
 そう言うと、弾き返すような調子で返事が放たれる。
「それは、船長命令?」
「そうだよ」
 鋭い視線が、自分を貫いているのが、分かる。
 ロイドは、ため息を押し殺して、応えた。
「船長命令だ」

* * *
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